1.除草剤耐性ダイズの衝撃

 遺伝子組換え作物といえばダイズが思い浮かぶほど、遺伝子組換え技術はダイズ生産に大きなインパクトを与えました。アメリカ合衆国における組換えダイズの栽培面積は、2006年には全ダイズ作付面積の89%に達しています。また、ブラジルやアルゼンチン、中国などでも遺伝子組換えダイズの商業生産が開始され、組換えダイズの全世界での栽培面積は2006年には5,860万haに達しています(参考までに、日本の耕地面積は約500万haです)。栽培されている遺伝子組換え体は、除草剤の一種であるグリホサートに対して耐性を示す除草剤耐性品種です。農業生産では農作物の周辺にはびこる雑草の生育を抑え、雑草との競合から作物を守り、太陽光を占有できるように育てる必要があります。とくに、夏作物であるダイズは雑草との競合が激しく、雑草の防除を怠ると、ダイズの収量は激減します。雑草を防除するためにさまざまな除草剤が実用化され、農家は作物や雑草の種類、栽培条件に応じて除草剤を選択し、使用しています。しかし、ダイズ自体も植物であることから、ダイズに障害を及ぼすことなく、その他全ての雑草に有効な除草剤は存在しません。ダイズ自体にはできるだけ薬害を示さない除草剤を適切な時期に散布するとともに、畑を何度か耕し、雑草の生育を抑え、ダイズを素早く十分に生育させます。しかし、大規模圃場では、耕起により肥沃な表土が流出する問題が深刻化しています。そのため、アメリカやブラジルでは土を耕さない、不耕起栽培が普及しています。不耕起栽培では、表土の流出を食い止めることができるのですが、土を耕さないため、雑草の生育が旺盛になります。そこで、除草剤耐性品種を栽培し、グリホサートを施用することにより効率的に不耕起栽培を行えるようになりました。

 それでは、この遺伝子組換えダイズはどのような機構で、除草剤に対して耐性になっているのでしょうか。グリホサートは、トリプトファン、フェニルアラニン、チロシンの芳香族アミノ酸の生合成経路の初期過程に位置するシキミ酸経路中の5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素(EPSPS)を標的酵素として特異的に結合し、その活性を阻害します。そこで、EPSPSと同様の働きをするものの、グリホサートの影響を受けないEPSPS酵素が探索され、土壌細菌であるアグロバクテリウムからCP4 EPSPSタンパク質が見つけられました。そして、このタンパク質の遺伝子を遺伝子銃法によってダイズへ導入することにより、除草剤耐性ダイズが作られました。グリホサートをまくと、雑草は枯れてしまいますが、CP4 EPSPSを持っているダイズは影響を受けずに生育します。われわれ人間を含む動物や昆虫は、もともとEPSPSを持っていないので、グリホサートには影響されず、毒性も示しません。また、グリホサートは土壌中で微生物によって水と炭酸ガスに分解、不活性化されるため、残留性も低くなっています。除草剤耐性品種を栽培した場合は、除草剤の散布回数を減らせるうえ、土壌の浸食を抑え、動物や昆虫に対する直接的な影響もありません。

 このように遺伝子組換え技術は、農業生産そのものを変革する大きな影響力を示しました。

2.遺伝子導入技術の開発

 遺伝子組換え技術は導入遺伝子によって目的とする形質(遺伝的な性質のことを形質と呼びます)だけを改変することや、除草剤耐性のように交配では不可能な異種生物由来の遺伝子によって新規な形質を付与することを可能にしました。さらに、遺伝子組換え技術は、ゲノム研究や分子生物学研究などにおいて遺伝子の機能解析に利用される基盤的な技術です。遺伝子の機能を調べるためには、特定の遺伝子を過剰に発現させたり、RNAi(RNA干渉)技術などによって発現を抑制させる技術がしばしば用いられます。そのため、イネやトウモロコシなど多くの作物では安定的な遺伝子組換え技術が開発されています。遺伝子組換えダイズがその利用の是非を含め、あまりにも有名になったため、ダイズにおいても簡単に遺伝子組換えを行うことができると考えられがちです。しかし、イネやタバコのよう組換え体を容易に作出することはできません。ここでは、私たちの研究室で実施している形質転換技術を紹介します。

更新:2008年1月5日