天蚕(ヤママユガ)

1.天蚕の形態 5.卵の保護
  天蚕の生活環と形態 6.病虫害および防除
  家蚕と天蚕のちがい   (1)主な病虫害の特徴
2.飼料樹     A.ウイルス病
3.飼育     B.糸状菌病
  (1)屋外飼育     C.細菌病
  (2)屋内飼育     D.原虫病
    A.水さし育     E.寄生
    B.箱育     F.捕食
    C.人工飼料育   (2)病虫害の防除法
4.収繭および採種  

※この資料は1981年に蚕糸試験場中部支場において、来場見学者への説明   資料として作成されたものです 

 天蚕(ヤママユガ)は わが国在来の代表的な野蚕で、クタギ、コナラ、カシワ、シラカシなどの葉を食物として全国の山野に生息しているが、一部の地方では飼育もなされており、なかでも長野県穂高町の有明地方は天明(1781〜1789)の昔から天蚕の飼育が連めんと続けられている地域として著名である。
 天蚕は、昆虫綱、鱗翅目、カイコガ上科、ヤママユガ科、に属し、学名はAntheraea yamamai Guerin-Meneville である。1化性で、卵−幼虫−蛹−成虫の完全変態をし、卵の状態で越冬する。松本地方の自然条件下で4月下旬〜5月上旬頃にふ化してきた幼虫は 50〜60日間かかって盛んに食葉しながら、4回の脱皮と5つの齢期を経過して熟蚕となり繭をつくる。営繭を始めてから7〜8日で化蛹し、8月上旬頃より羽化するものが現われ、交尾して食樹の小枝に産卵する。屋内で環境条件を調節して飼育すると、屋外での場合より経過はかなり早まり、死ぬものが少なくなり、繭質も良好になる。繭1粒から長さで600〜700m程度、1、000粒から重さで250〜300g程度の糸が得られる。この糸は天蚕糸とよぱれ.光沢が優美で、太く、伸度が大きく、織物にして丈夫で、しわにならず、暖かく、手触りも良いなどの優れた特徴があり、繊維のダイヤモンドにもたとえられて珍重されている。
 天蚕糸は家蚕糸に混織すると織物の衣料性能が向上することから、近年とくにこの方面での需要が多いが、ネクタイ、財布のような小物や、家具、インテリア等の素材としての用途も増えつつある。

1.天蚕の形態
 天蚕の卵、幼虫、蛹、成虫、繭、糸などの形態とその特徴は第1図のようであり、それらと家蚕とを対比した主な相違点は第1表のようである。

第1表 家蚕と天蚕のちがい
項    目 家     蚕 天     蚕
学    名 Bombyx mori Linnaeus Antheraea yamamai Guerin- Meneville
分類学上の位置 昆虫綱、鱗翅目、カイコガ上科、カイコガ科、カイコガ(カサン) 昆虫綱、鱗翅目、カイコガ上科、ヤママユガ科、ヤママユガ(テンサン)
原 産 地 中国(日本、イタリー、フランス) 日本
化   性 1化性、2化性、多化性 1化性
越 冬 態 卵態(胚発育初期の状態) 卵態(胚発育が進んで幼虫体がほばできあがっている状態)
飼 料 樹 クワ クヌギ、コナラ、カシワ、シラカシなど
大 き さ 約長さ1.4mm×幅1.1mm×厚さ0.6mm 約長さ2.8mm×幅2.6mm×厚さ1.8mm
重  さ 約0.6mg 約8mg
人工孵化 浸酸法、人為越冬法 人為越冬法
幼虫 体  重 ふ化直後約0.5g、5齢最大時約5g ふ化直後約5mg、5齢最大時17〜20g
経過日数 屋内 21〜24日 屋外50〜60日、屋内32〜42日
外観の特徴 体色は白色、頭部の色は褐色、体表はすべすべしている 体色は美しい緑色、頭部の色は緑色、体全体に剛毛がある
胴部側面に2〜6対の輝点のあるものが多い
性質上の特徴 移動性少ない
群集性ある
脚の把握力は弱い
水は飲ませないと飲まない
移動性大きい(特に営繭間近かによく動きまわる)
群集性はなく孤独を好む
脚の把握力が強い
壮齢期に他の個体に噛みつくことがある
水を飲む
脱皮殼や紙を食べる
大 き さ ♀約3cm×1.3cm、♂約2.8cm×1.2cm ♀約4cm×1.8cm、♂約3.6cm×1.6cm
重  さ ♀約1.9g、♂約1.5g ♀約7.3g、♂約5.4g
成虫 体  長 ♀約2.0cm、♂約1.6cm ♀約4.5cm、♂約3.7cm
翅 開 長 4〜5cm 12〜15cm
白色 黄色から黒褐色までいろいろあるが橙黄色が比較的多い
羽化時刻 早朝から午前10時頃 夕刻から夜半
交尾時刻 昼夜 夜間のみ
産 卵 数 500〜650粒 150〜250粒
大 き さ 長径約3.6cm、短径約2.0cm 長径約4.8cm、 短径約2.5cm
重  さ ♀約2.2g、♂約1.8g ♀約8g、♂約6g
繭 層 重 ♀約0.5g、♂約0.45g ♀約0.7g、♂約0.6g
繭層歩合 ♀約22.7%、♂約25.0% ♀約8.8%、♂約10.0%
外観上の特徴 均斉のとれた楕円形または俵形、白色、繭柄はなく繭綿が多い 長楕円形、緑色ないし黄緑色、繭柄がある
繭綿は薄紙状で大部分が繭層に密着
1粒の糸の長さ 1,200〜1,500m 600〜700m
生糸量歩合 18〜21% 4〜5%
1000粒からとれる生糸量 350〜400g 250〜300g
白 色 黄緑色
断  面 円に近い三角形 扁平な3角形
繊  度 2.8〜3デニール 5〜6デニール
伸  度 約2.2% 約40%
注:蚕、繭、糸などの諸形質は系統や飼育条件などによって必ずしも一様でない。そのためこの表にはごく一般的な概略値を示した。

2.飼料樹
 天蚕幼虫の飼料樹はクスギ、コナラ、カシワ、シラカシなどである。これらは樹齢や葉齢が進むのに伴って葉が粗硬となって、飼料価値が劣ってくるし、また害虫や病原菌なども多くなるので、5〜6年ごとに株元から伐採して、新柄の発生と樹勢の更新をはかる。屋外育するための飼料樹の場合には、早春までに150cm内外の高さにせん定し、新梢葉を叢生させるとともに、日光の透射や通風を良くし、飼育、管理、収繭などの作業もしやすくする。
 飼料樹が発芽する前に薬剤散布をして病原菌や害虫の撲滅をはかる。落葉や下草などにも病原菌や害虫が生息しているおそれがあるので、集めて焼きはらう。

3.飼 育
(1) 屋外飼育 生育中の飼料樹を網でおおって、天蚕幼虫を放し飼いする方法で、飼育労力は少なくてすむが、自然の苛酷な気象条件や病害虫などの影響を受けやすいことから、作柄は悪い場合が多い。
 ふ化間近かの卵を和紙に糊付けして飼育樹の小枝につけておく(第2図)か、小さい網袋に入れて小枝につるしておくと、やがて幼虫がふ化し、自ら枝上を動きまわって食葉し、成長する。飼育樹につける幼虫数は、幼虫が繭をつくるまでのあいだ十分に食べ続けられる程度を目安とする。葉が食べつくされてしまった場合には、幼虫を新しい樹に移してやる。このようにして熟蚕になれば自ら営繭場所をみつけ、葉を2〜3枚づつ合わせて繭をつくる。

(2)屋内飼育 飼料葉を収穫してきて、屋内で天蚕幼虫を飼育するもので、飼料葉の収穫から、給餌、残葉の除去などの作業に多くの労力がかかるが、飼育場所の気象条件を調節したり、防疫や害虫防除をしたり、給与葉を吟味してその適量を給与することなどが行いやすいことから、作柄はかなり安定するのが普通である。屋内飼育法には、水さし育と箱育とがある。
 A.水さし育 飼育樹の葉がついたままの小枝を水の容器にさし、それに幼虫をとりつけて飼育する方法である。卵は催青室でふ化させるので、屋外でふ化させる場合のように気温が激変したり乾燥しすぎることがなく、しかもふ化後にアリ、クモ、ハチなどに加害されることもないので、ふ化率とその後の生存率は高い。ふ化幼虫にはとくに新鮮な軟葉を給与する。水の容器1つあたりの枝葉で飼育する幼虫数は1齢期120頭ぐらい、2齢期100頭ぐらい、3齢期70頭ぐらい、4〜5齢期50頭ぐらいが適当である。給与葉は3日に1回ぐらい新しい枝葉ととりかえる。その際に幼虫は古い枝にしっかりしがみついていて離すのが難しいから、幼虫がついている枝ごと切りとって新しい枝葉に移す。飼育環境は気温が1〜8齢期28℃前後、4〜5齢期25℃前後で、ごく弱い気流のある状態が良い。なお幼虫は高い体水分率を維持するために水分の要求度が大きいので、飼料葉や飼育室湿度などの条件に応じて、屋外の葉における朝露に準ずる程度の水を給与葉に散布してやることは 幼虫の成育を良くしたり、繭質を高めたりするうえに効果的である。
 B.箱育 幼虫を箱の中で飼育する方法である。飼育箱の材質には、木、トタン、ポリスチロールなどがあるが、ポリスチロール製が衛生的で、取扱いにも便利である。催青室でふ化した幼虫を飼育箱内に移し、新鮮な軟葉を給与する。蚕座面積は1齢期100頭あたり0.04u程度とし、その後は齢が1つ進むごとに約2倍に拡大して、5齢期には100頭あたり0.7u程度になるようにする.給餌回数は1日あたり1〜2齢期1回程度、3〜5齢期2回程度とし、小枝についたままの飼料葉を蚕座が立体的になるように給与する。新しく給与した葉に幼虫が移ったら食べ残した葉や糞などを取り除いて蚕座を清潔に保つ。幼虫の成育に適した飼育環境条件などは水さし育の場合と同じである。
 C.人工飼料育 飼料葉の粉末、生大豆粉末、ブドウ糖、ビタミン類、セルローズ粉末、寒天などによって作ったヨウカン状の飼料による飼育である。幼虫の発育齢期に応じて適当な大きさに切った飼料を1〜3齢期には2日に1回、4〜5齢期には毎日1回程度給与する。この方法によっても生葉育の場合とほぼ同程度の飼育成績が得られる。

4.収繭およぴ採種
 収繭は営繭を始めてから10日以上たって、完全に化蛹してから行う。繭は飼料葉が表面についたままの状態で集め、風通しのよい場所に1粒並べにして保護し、葉がカラカラに乾いた頃に除葉する。採種用の繭は、自然の条件におくと発蛾が遅れ、しかも不揃いになるが、繭保護室の気温を25℃程度とし、光条件を明暗がそれぞれ12時間ずつ程度の周期であたるように調節してやると蛹期間が短縮され、羽化もかなり揃う。羽化は営繭後1か月ぐらいしてから始まるが、その時刻は夕刻から夜半の頃に限られる。蛾は繭から抜けだすと周囲のものにはいあがってぷらさがり、翅を展げるまでじっと静止しているから、それができやすいようにしてやる。
 次いで健全蛾を雌1に対し雄1ないし2の割合で第3図のような交尾 ・産卵籠(下面の直径約20cm、高さ約15cm、網目約2cm)に入れ、下面には紙蓋をして、直射日光および夜間にも強い光線のあたらない静かな風通しの良い場所につるして交尾・産卵させる。産卵は夜間になされ、3〜4夜にわたる。雌蛾は産卵する際に籠の網目から尾部を突き出し、籠の外側に産みつける。1蛾が最高250粒程度を産む。

5.卵の保護
 卵は産下されるとすぐに胚子の発育がはじまり、約2週間で幼虫体ができあがるが、ふ化しないでそのまま休眠に入る。休眠後の適当な時期に籠から卵をもぎ取り、容器等に薄くひろげ、ねずみの食害などを受けないようにして、自然温度に保護する。この卵を自然の温度においたままにしておくと、翌春、飼料樹が発芽する前にふ化してしまったりして計画的にふ化させることができないので、早春に気温があがってくる前(ふつう3月中〜下旬頃)に2.5〜5℃(湿度は80%前後)の恒温に移して保護し、ふ化させたい日のおよそ6日前になったら催青に着手する。催青は10〜15℃の中間温度に1日間おいてから25℃(湿度は75〜85%程度)の条件下に移し、ふ化するまで保護する。
 卵の表面には膠着物のほかに病原菌やゴミなどが付着していることがあるので、越冬期間中の適当な時期(一般には2.5〜5℃に移す直前の3月中〜下旬)に、卵を網袋に入れ、クライト200倍液に30分間浸漬して消毒し、その後水道でよく洗い、清潔な室内に薄く広げて乾かす。

6.病虫害および防除
 天蚕の病虫害は、ウイルス、糸状菌、細菌、原虫などによる病害と、昆虫類などによる虫害とに大別される。病虫害のほかに スズメ、ムクドリ、モズなどの鳥類による食害もあるが、これらは飼育林を防虫網で覆うことによって防止できる。
(1)主な病虫害の特徴
 A.ウィルス病 核多角体病(膿病)は病害のうち最も被害が大きいものである。一般に壮齢期に多く発生し、罹病虫は皮膚面に黒褐色の微小斑点を多数現わして致死するのが特徴である。致死前後に皮膚が破れ、無数の多角体を含む体液が出る。それらによって汚染された飼料葉を幼虫が食下することによって感染する場合が多いが、幼虫の体の傷口等からウィルスが侵入して発病する場合もある。このほかに中腸組織だけを侵す細胞質多角体病もある。
 B.糸状菌病(硬化病) 糸状菌の侵入によって起こる病気で、罹病虫は硬化し、ミイラ化するのが特徴である。この菌は適当な湿度にあうと体表面に菌糸を叢生し、やがて胞子を形成する。病原菌の種類によって胞子の色が異なるが、黄色を呈する黄きょう病が一般に多い。黄きょう病は感染してから発病するまで長期間に及ぶのが普通で、幼虫期よりも結繭してから死にごもりとなってたおれる場合が多い。本菌は寄生範囲がきわめて広く、野外昆虫がその主な伝染源である。
 C.細菌病 敗血症、卒倒病などがある。敗血症は病原菌が傷口や気門から幼虫の体内に侵入した場合やそれを食下した場合に起こり、卒倒病は病原菌を食下した場合に限って発病する。いずれも急激に致死するのが特徴で、高密度で飼育した場合に発病しやすい。両菌とも一般に広く分布しているが天蚕の被害はそれほど多くない。
 D.原虫病 微粒子病が主なものである。感染は経卵と経口で起こり、潜伏期間が長く、始期以降に発病する場合が多い。感染卵を除くために母蛾検査が重要である。
 E.寄生 ヤドリバエ類や寄生蜂などによるものがある。ヤドリバエ類は飼料葉に産下された卵を天蚕幼虫が食葉とともに嚥下することによって体内に寄生するか、天蚕幼虫の体表面に産みつけられた卵が、ふ化後に体内に侵入して寄生し、宿主の栄養分を奪って致死させるものである。
 寄生蜂は種類によって、天蚕卵の内部 または天蚕幼虫の体内に産卵し、寄生するものがある。これらは野外の鱗翅目昆虫にも広く寄生する。
 F.捕食  カメムシ、ハチ、アリ、クモ、テントウムシなどによって天蚕幼虫は捕食される。若齢期における被害が多い。
(2)病虫害の防除法
 病害は飼料葉の病原汚染に起因する場合が多いので、天蚕幼虫には野外昆虫による病原汚染や食害痕などのない葉を食べさせるようにする。屋外育のための飼育林では整枝屑、落葉、枯草などの焼却、飼料樹や防虫網などの消毒、生息昆虫類の排除などを徹底的に行う。屋内育では飼育室や飼育用具等の消毒を十分に行って飼育環境の浄化につとめ、飼料葉は吟味して与え、飼育作業中の防疫などにも注意する。消毒はホルマリン2〜3%液、クライト200〜400倍液、アリバンド200倍液、消石灰などを散布するか、またはこれらに浸漬して行う。


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