W 製糸原料繭とその品質 −シルクのもと−

1.繭糸と繭の構成
 成熟したカイコは成虫(ガ)になる前のサナギの期間を安全に過ごすため、自分の身の周りに糸を吐いて繭を作る。繭作りに際してカイコはまず、まぶし(蔟)に糸を吐いて足場を作ったのち吐糸を続けて繭の形を定め、左官職人が壁を塗るように首を左右に振り、内側に糸を貼り付けるように吐糸して繭層の本体を形成し、最後にこの本体からわずかに間隔を置いて薄い繭層(ようしん:蛹襯と書く)を作って吐糸を終える。

 このように繭を構成する糸を繭糸といい、図・6に示すようにシルクの本体である2本のフィブロインとその周りを薄く覆っているセリシンとよりなる。この写真の左上の半分は繭糸の表面を、右下の半分はセリシンをはぎとってフィブロインだけの表面を拡大したもので、繭糸の巾は、ほぼ1,000分の15mmと大変に細い。このフィブロインとセリシンはともに10数種類のアミノ酸からなるタンパク質で、両者の割合は重量比でほぼ75:25である。フィブロインは湯で煮たり石鹸水に漬けたりしても溶けることは無いが、セリシンは水に溶ける性質があり濡れた状態では粘着性を持っている。
  図・7は写真にうつすことができないフィブロインとセリシンの性質の違いを絵に書いたもので、フィブロインはフィブリルという微細繊維が沢山集まってできた糸が2本平行に並んでいること、セリシンは水に対する溶け方の違うT、U、Vの3層よりなることを示している。これらのセリシンのうち外側のセリシンTが最も溶け易く、水分を含んだ状態では接着し易い性質を持っている。とくにカイコのロから出たばかりの繭糸はまだ多量の水分を含んでいるために接着し易く、吐糸した繭糸が吐糸されたばかりの繭糸と重なった部分で次々と軽く接着しながら乾燥して硬い繭層を形成する。吐糸している時の周辺の空気が乾いていると繭糸は早く乾燥するが、湿度が高いときは乾燥が遅く、繭糸は強く接着されてしまいあとで糸を繰る時に剥離し難くなる。降雨時に上蔟した繭には糸のほぐれが悪いものが多いといわれるのはこのためである。
 このような繭糸をつまみ繭層から静かにはがしていくと接着点はほぼ1mm間隔で存在していることがわかり、繭1粒の中には接着点はほぼ130万箇所に存在しているように推定される。繭糸の接着力は、先でも述べたように、上蔟時の気象条件によっても異なるがその大部分は数g以下であり、指先で静かに剥離していけば繭糸を切断すること無く連続して引き出すことができる。しかし、繭を湯や蒸気で煮熟するとほとんどの接着力は0.5g以下にまでやわらげることができ、繰糸時には1秒間あたり2〜3,000箇所の接着点がほとんど切断を引き起こすことなく順番に早い速度で剥離することができるようになる。
 繭の品質として繭糸のほぐれと同様に極めて大切なものに繭層の糸の量の多少がある。繰糸した時の繭糸のほぐれ方や繭糸の量は後述の繭検定によって調査されるが、繭層の糸の量の多少は繭を切開してサナギと脱皮殻を除き繭層の重量を測定することによって簡単に知ることができ、生繭の重量に対する繭層の重量の割合を繭層量歩合または切歩(きりぶ)と呼んでいる。繭や繭層の重量はカイコの品種や育った環境等によって異なるが、平均的な生繭重はほぼ2.0g、繭層重はほぼ0.5gで、繭層量歩合は25%前後である。
          繭屑量歩合%=(繭層重g/生繭重g)× 100

2.繭糸の形と性質
 1匹のカイコが吐く繭糸の長さ、太さ(繭糸繊度)と重量(繭雁垂)はカイコの品種やカイコが育った環境によって異なるほか、カイコの雌雄や個体によっても大幅に異なるが、わが国で生産されている普通品種繭の平均的な繭糸の長さと太さ、重量と、生糸の欠点につながる小節(こぶし)の形はおおよそつぎのようである。
 (1)繭糸の長さ
 カイコが吐糸する長さは平均してほぼ1,500mに達するが、最初に繭作りの足場として吐糸された毛羽は農家で出荷前に除かれ、さらに製糸工場で正しい糸口を探し出すときに出るキビソ(緒糸)と繰糸したあと繰り残って出るビス(ようしん)などの分を除くと、実際に生糸になる部分は、全体の85%弱1,300m前後である。このようにカイコが吐糸した繭糸のうち生糸にすることができる分を繭糸長といい、一般には300粒程度の繭の繰糸を行い、決まった太さの生糸を作る時についていた繭の数(粒付数)の平均値とできた生糸の長さを計って次式によって算出している。
          繭糸長m=(生糸の長さm×平均粒付数)/繰糸粒数

 (2)繭糸の太さ
 繭糸の太さを繭糸繊度という。繊度とは繭糸や生糸のような長繊維の太さを示す単位で、単位長さあたりの糸の重量で表しており、長さ450mで0.05gあるものを1デニールと定めている。 したがって長さ9,000mあたりのg数がデニール数に相当し、と略して表示されている。普通の繭糸の平均繊度は2.8〜3.0dであるが、実際には繭層の位置、すなわちカイコが吐糸した順序によって異なり、図・8に示すように、はじめほぼ3.5dと太く、以後100〜200mの付近まで太くなって4d前後にまで達したのちは徐々に細くなり、最後は1.5dと最初の半分以下にまで細くなるのが普通である。このように繭層の中の位置によって繊度が異なっているのが繭糸の特徴であり、一定の繊度の生糸を作るとき繰り始めの繭(厚皮繭という)だけの場合は粒数を少なくし、繰り終わりに近い繭(薄皮繭)の場合は粒数を多くしなければならないのはこのためである。

 繭糸繊度は一定繊度の生糸を作っているときの粒付数を調べ、その値で生糸の繊度を除せば簡単に知ることができるが、正確には、ある重量の生糸を取ってその長さとその生糸が繰られていたときの平均粒付数とをしらべて次式によって算出している。
          繭糸繊度d=(生糸の重量g×9,000)/(生糸長m×平均粒付数)
 生糸の長さを計ることができず、検尺器(生糸の繊度を計るため決まった長さの生糸を巻き取る器械)によって400回繊度糸(検尺器の枠に400回巻き取った生糸、長さ450m)を取った場合は、その繊度糸の重量を秤り、それと平均粒付数とから
          繭糸繊度d=(繊度糸の重量g×20)/平均粒付数
の式で計算することができ、200回繊度糸を用いる場合は分子の20を40とすれば良い。

 (3)繭糸量
 1匹のカイコが吐糸する繭糸の重量は平均してほぼ0.5gに達するが、そのうち繰糸して生糸にすることができる繭糸の重量を繭糸量という。繭糸長の場合と同様に繭層の外側と内側は屑物となるので実際に生糸になるのは繭層重の85%程度で、繭糸量の平均は0.4g程度である。一般には繭糸量の単位としてgの1/100のcgを使っている場合が多く、この表示法では40cgとなる。
          繭糸量cg=(生糸の重量g×100)/繰糸粒数

 (4)小節
 繭糸の形態上の欠点として生糸の品質に大きな影響を及ぼすものに小節がある。繭糸は表面が滑らかで真っ直ぐな形をしているのが普通であるが、吐糸したとき何らかの理由によって形が異常となったものや、繭糸の接着が異常に強く繰糸の際に剥離されずに輪のような形になったものが出てくることがある。このように形が異常になっている部分を小節といい、その主なものに図・9に示すような、わ節こけ節けば節小ぬか節などがある。これらの小節は繰糸したあと生糸の表面に表れるものが多く肉眼でも判別できる欠点となる。小節の成因は主としてカイコの品種によるといわれ、小節の少ない品種の育成が進められてきているが、煮繭方法など製糸条件によっても小節の出方が増加することがあるので、乾燥や煮繭、繰糸などにも細心の注意が払われている。

3.繭検定
 繭から生糸を作ったときの生糸の品質、歩留りと生産能率などの成績は繭の品質に大きく影響される。 したがって、製糸原料としての繭の価値は品質の良否によって大きく異なるが、繭糸のほぐれ方などの繭品質の良否は外見だけで判断することは困難であり、実際に繰糸してみなければ分からないことが多い。そのため、養蚕農家と製糸業者との間の繭の取引きに当たっては国が定めた方法によって都府県の繭検定機関で繰糸による品質検定を行っている。これを繭検定といい、その結果をもとに繭の価格を算定するように定められている。以前は繭の形の揃い方から生糸量歩合、繭糸量、繭糸長、繭糸繊度、解じょ率(糸のほぐれ方、あとで述べる)、解じょ糸長(後述)、選除繭歩合(後述)など、繭の量的な品質と生糸を作るとき参考になる性質について詳しく検査されていたが、最近はだんだんに簡略化されて平成5年度からは生糸量歩合と選除繭歩合、解じょ率とだけの検査が行われることになった。この新しい繭検定法では、下記の計算式によって求められる解じょ率が85%以上のものを5A格として、以下解じょ率が5%低下するごとに4A格、3A格、2A格、A格、B格、C格、D格とし、49%以下のものをE格として9段階に分けた格付けが行われる。これを繭格といい、繭格と生糸量歩合の成績は養蚕農家と製糸業者の双方に知らされて、養蚕農家は繭品質改善の参考にするとともこ、製糸業者は原料繭の合併・調整(後述)など生糸生産計画の設計に役立てている。
 なお、解じょ率の求め方には種々の方法があるが、原則的には、一定粒数の繭の繰糸を行い、その繭が終わるまでに接緒した回数(繰られている生糸に糸口の出ている繭を継ぎ足した回数。途中で1回糸が切れた場合は再度糸口を求めて接緒することになるのでこの繭の接緒回数は2回と数えられる)を数えてつぎの式で計算する。
          解じょ率%=(繰糸粒教/接緒回数)×100
 また、1回の接緒で繰られる繭糸長の平均の長さを解じょ糸長といい、繭糸長に解じょ率を掛けて求める。繭糸長、解じょ糸長ともに長いものが良いことはいうまでもない。
 参考のため、平成3年度の全国繭検定成績を表・1に示す。表から蚕期別に繭の品質が大きく異なり、また、同じ蚕期でも検定荷口別の最高と最低とでは成績が大きく異なることが分かる。


  前の章(第3章)   次の章(第5章)                        目次に戻る    SilkNewWaveのページに戻る