W 採種
1 雌雄分離
交雑種を作るためには、発蛾までに、何らかの方法によって雌雄を分離しておかなければならない。小規模の試験では、種繭を1個ずつ隔離できるように区劃した容器(分離器)に収容して自由交尾を防ぐ方法も採用できるが、蚕種製造の実用には適しない。従って、雌雄を如何にして分離するかが古くから問題であったことは、直径3分ぐらいの竹で間隙3分ぐらいの簀の子を作り、その上に種繭を一粒ならべにし、新聞紙を覆っておくと、発蛾した雄は暴れ廻るうちに落下するが、雌は簀の子に静止していて落ちるものが少なく、自然に雌雄分離ができ、自由交尾は1割ぐらいに止まる、と云う方法を新案特許として出願したと云うこと(239)からも察知できる。
A 性徴による雌雄鑑別
石渡は、1904年に、雌蚕児の第11環節および第12環節には各1対ずつの小点があるが、雄にはこれがないことを発表した(259-263)。この小点は石渡前腺および後腺と呼ばれているものである(第2、19図、T2Ba)。雄には石渡腺はないが、第12環節の前端腹中腺にへロルド腺がある(第10、19図、T3Ba)。
第19図 幼虫の特徴(滝沢・野尻ら)(999)
BM:黒点、C:尾脚、H:ヘロルド腺、SPO:石渡後腺、SPR:石渡前腺、10〜13は第10〜13環節
この特徴による雌雄鑑別は熟練を要するので、大正11年(1922)に長野県蚕業取締所松本支所において雌雄鑑別手の養成が始められ、鑑別手が蚕種業者に派遣されるようになってから初めて実用的に普及したが、優秀な鑑別手は1日に1万頭以上、1万6千頭も鑑別し、鑑別誤差は0.3%と云われ、わが国の蚕糸業における交雑種の普及を助けた功績は極めて大きい。
石渡腺は5令起蚕において最も明瞭に認められるが、起蚕は取扱いにくく、虫体を損傷し易いため作業に適しない。しかし、5日目には見分けにくくなるので、鑑別作業は5令3日目を中心に行なうのが最もよい。
石渡腺の識別は蚕の品種によっても難易があり、個体によっても不明瞭なものがあるため、加藤(316)はヘロルド腺によって鑑別する方がよいと云い、その適期は5令6日日であるとした。実際には、石渡腺とヘロルド腺とのどちらかと云う訳ではなく、両者を併用して鑑別が行なわれている。イタリアのLombardi(1932)は広東から渡来した大造と思われる品種(White−Jai−ChoおよびGreen−Jai−Cho)においては、石渡後腺に該当する小点だけが1対あって前腺を矢く個体があり、これは雄であったと報告したが、石川(254)は26品種についてこの点を調査し、ヘロルド腺の明瞭な蚕児は、仮令、石渡腺らしいものがあっても総べて雄であり、ヘロルド腺はみえなくても、石渡前腺および後腺のないものも亦雄であることを確認した。この石渡腺らしくみえるものは筋肉の付着点である。第11節の筋肉付着点は石渡も1904年に既に観察して、前腺との区別を図示している。この問題は最近再び取上げられ、滝沢ら(999)が最近の品種について調査を行なったが、大造および輪月では、調査した全部の雄蚕児の第12環節に石渡腺とまぎらわしい黒点があり、支128号および支129号の大多数の雄においてもこれが認められた。この小点は雌の石渡後腺と対応する位置にあるが(第19図)、石渡前腺および後腺が白色の二重環として認められ、周囲との境界が明確であるのに対し、周辺がやや不明瞭な黒点で、石渡後腺よりかやや小さい。その色は品種によって多少異なる。
支115号は石渡腺による雌雄鑑別の困難な品種の一つと云われているが、倉田・四方(462)の調査によれば、この品種に含まれていると云われる雌雄モザイク(T2Cb)のために鑑別がむずかしいのではなかった。この場合の鑑別の誤まりは、雄を雌とみたものが966頭中15頭、雌を雄とみたものが1085頭中3頭で、前者の率が高かった。これは上記滝沢らの調査した品種においても同様で、特に、雄の第12環節にまぎらわしい黒点のある支128号および支129号では、この誤まりが多かった。
蛹の雌雄は、幼虫に比べて、識別が容易であるが(第20図)、縦作り繭で尾部の圧縮されたものでは見分けにくいことがある。しかし、蛹では、性徴ばかりでなく、腹部のふくらみ具合によっても雌雄の見当のつくことが多い。
第20図 蛹の雌雄(591)
幼虫鑑別の場合には、蚕をいためないように、取扱いに注意すると共に、作業を始める前に十分に食桑させて、蚕の疲労を少なくするように配慮する。高温の時期には特に注意が肝要である。
蛹体鑑別は、鑑別の誤まりは少ないが、蛹の切り出しに手数がかかり、機械を用いても、両端切りのように能率をあげることがむずかしく、二重繭層のあるものは特に切り出しが困難である。蛹の取扱いについては、裸蛹の冷蔵(V4A)について述べたと同様な注意が必要である。
B 限性遺伝の利用による雌雄鑑別
幼虫の体色や斑紋によって雌雄鑑別ができれば便利であろうと云うことは古くから考えられているが、雌雄蚕児の体色や斑絞には特別な違いがないために、普通の蚕の雌雄をそのまま体色や斑紋で鑑別することはできない。
この点について最初に考えられたのは伴性遺伝の利用であった。蚕の性染色体組成は雌がZW、雄がZZで、Wには強い雌性決定因子が含まれているが、普通の形態に関する遺伝子は含まれていない。これに対し、Zには性をきめる作用がない代りに、普通の形態遺伝子が含まれている。それで、目標になる何らかの性質に関して、雌のZには優性遺伝子を含ませ(Z+)、雄のZにはこれに対する劣性遺伝子を持たせておけば(Z-)、第21図のように、これを掛け合わせた子の代の、優性形質を表わす蚕は全部雄、劣性形質を特つ蚕は全部雌であるから、簡単に雌雄鑑別ができる。しかし、伴性遺伝によって雌雄鑑別のできるのはこの1代限りで、これらの子供同志、またはこれを親の代と同じ遺伝子型のものに戻し交雑しても、次ぎの代には、も早鑑別できなくなっている。従って、この方法を利用するためには、毎代、優性の雌と劣性の雄とを準備しておかなければならないので実用に適しない。
第21図 伴性遺伝模式
P:親の代、F:子の代。その他本文参照
限性遺伝の利用と云うのは、これとは反対に、目標になる遺伝子をZ染色体ではなく、W染色体に持たせるものであるが、上に述べたように、普通の蚕はW染色体に形態遺伝子を含んでいないから、突然変異型を利用するのである。
蚕の雌雄鑑別に限性遺伝の利用されるようになったのは、X線照射によって生じたセーブル斑紋蚕と云う突然変異蚕の研究に始まる(1040)。これは第U染色体のpの座位に生じた優性突然変異で、暗色蚕と形蚕との中間のような斑紋を表わすが、この蚕の研究中に、セーブル遺伝子がW染色体に転座して、雌に限って常にセーブル斑紋を表わす系統が得られた(1041)。田島はこれを基にして多数の実験を重ね、雌は常に形蚕斑紋、雄は常に姫蚕斑紋を表わす系統を作り、更に実用形質の改良を径て(1042-1045)、最初の限性品種支116号、日117号を育成した。
限性系統利用の原理は、優性遺伝子を持った常染色体の小片をW染色体に転座させ、その性質に関して雌は常に優性を、雄は常に劣性を表わすようにして識別するのであるから(第22図)、斑紋は上記の種類に限らず、虎斑(177)や暗色斑(1048)などの系統も作られているが、卵で雌雄の区別できる系統もある(1047,1049)。
第22図 雌雄鑑別のための限性遺伝模式
白黒の棒:転座常染色体片を持つW染色体(+は優性遺伝子)。
黒の棒:常染色体(−は劣性遺伝子)。縞の棒:Z染色体。
常染色体に関しては雌雄間に差がない。
この限性卵色系統では雌が黒卵(正常卵色)、雄が白卵である。但し、これは普通の雌雄鑑別のためではなく、丈夫で繭質のよい雄だけを飼育しようと云う雄蚕飼育に役立てる目的で育成されたものである。
限性品種は伴性遺伝の利用とは違い、代を重ねてもそのままの特徴が維持されるから、原種の維持は普通の品種と変りがないが、第22図でわかるように、W染色体に過剰な常染色体片が付着していて染色体の平衡が正常でないため、雌が幾分虚弱で、生産性の劣る欠点があった。この付着染色体をできる限り小さくし、欠点を改良する努力が続けられており、一方では雌雄鑑別手が得難くなった事情もあって、今後は利用が拡大するものと思われる。
C 繭重による雌雄分離
雌繭には雄繭よりも重いものが多いので、これを利用して雌雄を分離することが大正年間には行なわれていたが、これは正しい意味の雌雄分離ではなく、重い区分には雌だけが、軽い区分には雄だけが入るように分界点を定めて重量分離を行なうのに過ぎないから、完全に雌雄を分けることは不可能で、中間に雌雄混合の区分ができる。このため一時は殆ど用いられなくなっていたが、最近、鑑別手が得難くなったことと(1168)、各種の商品検査に自働秤りが用いられるようになったこととが結び付いて、再び、新しい種繭重量鑑別機の開発、使用が問題になってきた。
現在発表されている鑑引機には、希望の重量によって、繭を重いもの、中間のもの、軽いものに区分するだけの小型で簡単なものから、計量、分別装置のほかに毛羽焼き機(繭に毛羽が少しでも残っていると、からまり合って自動送繭や分別ができない)を具えた大型装置まで数種あって、大型のものは1時間に4,176粒の繭を処理する能力があり、13日間に1,230kgを処理して、雌423kg、雄430kgを分離したと云うような成績も示されている(837)。しかし、現在では、未だ使用の範囲が狭いため、考案者、製作者側の考え方が先行しており、使用者側の意見や要望が十分に出ていない状態であるから、今後、使用の普及するに連れて一層使い易いものに改善されて行くものと思われる。
繭重による雌雄分離の最大の問題点は、普通の工業生産品の品質管理とは違い、重い繭の多くは雌、軽い繭の多くは雄であるとしても、その中間においては、広い範囲に亘って雌雄が混ざり合っており、その混ざり合いの具合は品種により、蚕期により、更に荷口によって著しく相違することである。このため、分離の良否は機械の性能よりも繭の性状によることが大きい。従って、雌雄を分ける基準重量(分界点、境界点、基準点などと呼ばれている)をどのようにして求めるかがこの方法の実施上最も重要な基本作業である。
繭重による雌雄分離が実際に用いられていた大正時代に広く採用されていた分界点は、
上(♀)の分界点を
下(♂)の分界点を
とするものであったと云うが、新らしい機械の考案と共にこの問題も再び検討されている(682,799,836)。分界点は、現場で数多くの荷ロそれぞれについて求めなければならないものであるから、煩雑な計算を必要としないものが望ましい。
四方(836)は、まず予備分界点によって標本繭の分離を行ない、その結果に基ずいて分界点を補正する次ぎのような便法の例を示している。
予備分界点には上記のもの、即ち
を用いた。但し、この場合には♀-−♂-が400mg以上であったが、もし雌雄の差が400mg以下の場合には分母を4以上にするのがよい。
実例として挙げているのは同一分場産の宝鏡についての成績である。まず1荷口につき雌雄各50粒宛の平均を求めると、♀-=1.94g、♂-=1.54gであった。これによって、上式から、♀の予備分界点1.84g、♂の予備分界点1.64gを算出し、これを用いて約300粒の標本繭を実際に機械にかけて分離した後、各区分の繭を切開して調べた処、重い区分の中には雄の混入がなく、雌ばかりであったが、軽い区分の中には雌の1.58gのものが混入しており、中間区分の中で雄の最も重いものは1.76gであった。実用分界点は♀-および♂-に次ぎの補正値を加えれば求められる。
♀の実用分界点を求めるために♀-に加える補正値
=中間区の最も重い♂−♀-=1.76−1.94=−0.18g
♂の実用分界点を求めるために♂-に加える補正値
=軽区中の最も軽い♀−♂-=1.58−1.54=+0.04g
同様の手順によって、他の2荷口につきそれぞれ補正値を求めた処、次ぎの値が得られた。
♀-に加える補正値 −0.21gおよび−0.12g
♂-に加える補正値 +0.07gおよび+0.11g
これら3荷口の補正値を平均すると
♀-に加える平均補正値 −0.17g
♂-に加える平均補正値 +0.07g
となる。この平均補正値は、この分場の、この蚕期の宝鏡に対して、特別に条件が相違しない限りは共通の補正値として使用できるものと考えられる。即ち、他の荷口の繭に対しては、♀-および♂-を求めるだけで、
♀-−0.17gおよび♂-+0.07g
をそれぞれ実用分界点として用いることができる。但し、これがあらゆる条件の種繭分離に便法として適用できるが否かは現在の処では明かでないと云う。
分離機を採用して有利か否かは業者それぞれの経営条件によってきまることであるが、技術的には、機械を入れさえすれば、それで100%の雌雄分離がでぎると云うものではないことを理解する必要がある。
D 蛹の体巾による雌雄分離
徳島県蚕業試験場で考案された方法である。体巾による分離と云われているが、蛹の左右の巾ではなく腹背の厚みの相違によって雌雄を分離するのである(287)。蛹の横断面がほぼ楕円形を呈するので、左右の巾を長径、腹背の厚みを短径と呼んでいるが、長径によるよりも短径による方が分別効率(0.5%の誤差で分離される繭の割合)が大きい。岩野らの成績の一部を示せば第62表の通りで、雌雄平均の分別効率は60−70%である。
蚕品種 | 性別 | 短径平均 (mm) |
標準偏差 (mm) |
分別点 (mm) |
分別効率 (%) |
調査時期(上蔟後) |
春 白 | ♀ ♂ |
9.8 8.8 |
0.30 0.35 |
9.7 9.6 |
58 71 |
春蚕 (11日目) |
〃 | ♀ ♂ |
10.0 9.0 |
0.37 0.39 |
10.0 9.1 |
54 59 |
〃 〃 |
銀 白 | ♀ ♂ |
9.6 8.3 |
0.41 0.50 |
9.6 8.5 |
47 67 |
〃 (10日目) |
〃 | ♀ ♂ |
9.9 8.8 |
0.39 0.30 |
9.5 9.9 |
88 67 |
晩秋蚕 (9日目) |
〃 | ♀ ♂ |
10.0 8.9 |
0.39 0.37 |
9.9 9.1 |
66 68 |
〃 〃 |
研 光 | ♀ ♂ |
9.4 8.1 |
0.40 0.42 |
9.2 8.4 |
73 74 |
春蚕 (11日目) |
〃 | ♀ ♂ |
9.1 8.1 |
0.37 0.39 |
9.1 8.2 |
56 61 |
〃 〃 |
豊 年 | ♀ ♂ |
8.9 7.9 |
0.37 0.26 |
8.1 7.9 |
89 61 |
〃 〃 |
〃 | ♀ ♂ |
9.1 8.1 |
0.31 0.31 |
8.9 8.3 |
74 74 |
〃 〃 |
装置の原理は次ぎの通りである。周辺が滑かで一端から他端へ向って段階的に細くなっている円棒(1)と、周辺の摩擦を大きくした円棒(2)とを平行にならべ、(1)の細い端が下方になるようにして15°−20°の傾斜角度で取付け、(2)を(1)に対して外側の方向に動力で廻転させる。この上端部に蛹を乗せると、蛹は(2)の廻転に連れて横転しながら2本の円棒に乗って斜面を下り、体巾の小さいものから順次に円棒の間の間隙を通って落下する。(1)が下端ほど細くしてあるのは、斜面の下方へ行くほど間隙を広くするためである。落下した蛹は下に設けた区劃容器に受けるのである。
裸蛹で行なうのであるから、雌雄の混ざった中間区の処理が容易であるが、蛹の取扱いに注意する必要があり(V4A)、蛹切り出しの能率のほかに分別効率が60−70%であることも考慮に入れておく必要がある。
E その他の方法
a 物理的方法
比重によって蛹の雌雄分離を行なう方法も考えられた。塩水選を行なうのである。体表に気胞が付着していて誤差の原因になるのが難点とされているが、切り出しの問題もある。
電気抵抗や高周波(189)も試みられたが、思わしい結果が出ていないようである。
蛹の腹部に充満している卵が長波長のX線を強く吸収するならば、繭に入ったままで機械的に雌雄を分けることが可能になるが、卵のX線吸収は予想したほどではなかった(未発表)。
紫外線による繭の螢光色が雌雄によってある程度相違することもあるが、これは品種または系統によって異なり、一般的な雌雄艦別に用いることはできない(188,793)。
b 孵化の早晩と雌雄
1蛾の卵の中で、早く孵化する蟻蚕に雌の多い場合のあることは一般に知られている。この早さの相違は雌雄分離に用い得るほど大きくはないが、原蚕の掃立てに利用すれば雌の割合を多くすることができるから、蚕種製造上若干の実用的な意味を持っている(437)。
室賀(614)は、30分間以内に産んだ日新種の不越年卵10蟻区を温湿度および光線の一定な場所(25℃、75%、マツダ40W昼光色電球から1m)で孵化、させ、その蟻蚕を、各蛾区とも、孵化の順序によって10区に分け、各順位毎にこれを混合して掃立て、4令中期まで飼育して雌雄を調べたが、早く孵化した区には明かに雌が多かった(第63表)。
雌雄率 | 孵化順位 | |||||||||
T | U | V | W | X | Y | Z | [ | \ | ] | |
雌率(%) 雄率(%) |
66 34 |
56 44 |
53 47 |
48 52 |
45 55 |
50 50 |
51 49 |
40 61 |
47 53 |
40 60 |
調査頭数 | 152 | 144 | 148 | 149 | 168 | 160 | 162 | 152 | 169 | 143 |
処が、用いた品種は異なるが、即時浸酸種、人工越冬種(産卵後25℃、15日で7.5℃に50日間冷蔵)および短期冷蔵浸酸種(産卵後25℃、48時間で5℃に冷蔵、15日で出庫、浸酸)においては雌の孵化が雄よりも早いとは云われなかった。また越年種には、雌の孵化の早い場合とその傾向の不明瞭な場合とがあった。これらの結果から、室賀は、胚の発育速度は元来雌が雄より速いのであるが、種々な条件によってこれが不明瞭になり、休眠に入るまでは雌雄の発育速度に差があっても、休眠に入るとこの差がなくなり、活性化する時期には雌雄による違いがないためにこのような結果になるものと考えている。しかし、この場合、それぞれの試験に用いた蚕品種が同一でないので、果してこのような結論をしてよいかどうかは問題である。
これに対して、清水、古和田ら(224,225,438,439,857,858)は、人工越冬種において、雌の孵化が早いばかりでなく、活性化そのものも雄より雌が早いのではないかと考えられること、低温催青によって雌雄の早さが逆転して雄の早くなる品種と変化のない品種とのあること、および品種によって、雌の早く孵化するものと雄の早く孵化するものとがあり、この性質は即時浸酸種、冷蔵浸酸種、越年種の何れにおいても変りがないことなどを報告した。最近の蚕品種(原種)には雌の孵化の早いものが多いとも云われている(845,860)。
永友(647,648)、諸星(597)らは、雌雄による孵化の早晩を、それぞれ晩成遺伝子の作用と化性との関係、および晩成遺伝子の作用とホルモン作用の拮抗との関係によって説明している。
1蛾区のうちで最も早く点青した卵を集めて孵化させ、飼育してみると(日122号および日124号)雌が多い(221)と云う。このことは、点青期までの発育の速さに差のあることを示すもののようであるが、点青後6時間または12時間光線を遮断しておくと、雌雄による孵化の早晩の関係が変化し、明所で雌雄差のない品種においては、暗保護の時期が孵化期に近いほど、雌より雄の性比が早目になり、明所で雌の孵化の早い品種においても、暗保護によって雄の発育が進むため、孵化の雌雄差が短縮する(990)と云うから、雌雄による孵化の早晩の問題には、雌雄による点青期以後の光感受性の違いも関係しているように思われる。
支127号の越年種には白ハゼ卵の多発する性質があるが、白ハゼ卵多発蛾区の生き残った卵から孵化した蚕(外観正常な卵のほか、白ハゼ卵の一部も生き残って孵化する)には雄が多かった(226)。しかし、品種は異なるが春採り越年種を長期間冷蔵しておいたために孵化不良になった蛾区の蚕においては、このような傾向を確認することができなかった(850)。
滝沢・大友(1001)によれば、日124号、支122号(太)の越年種および瑞光、日127号の即時浸酸種において、20%以上の不受精卵を出した蛾回(一部は雌蛾を冷蔵して不受精卵を多発させた)から孵化した蚕は、性比も飼育成績も対照区と変りがなかった。
堀内・清水(222)は孵化の早晩と蟻蚕の体重との関係を調べ、孵化の早いものは体重が小さいが、これは雌雄とは関係がないことをみている。これは、初産卵が晩産卵に比べて大きく(242,408,1142)、大卵は小卵よりも催青日数が長く、それから孵化する蟻蚕の重いこと(U2Ac、V3Bb)、卵の大小と雌雄とは関係のないこと(242,614,1142)などから当然考えられる結果である。
卵の産み着けられる順序と雌雄との間に関係のないことは限性黒卵(W1B)を使って観察した原田・真野(150)の結果、および大沢(773)が3蛾区全部の卵を産み着け順に区別して行なった1頭育の結果からみても明かである。
なお、横山(1195)は、台紙に産み着けられている卵を表面から観察し、孵化前日の胚が体の右側を上面(表面)に向けている卵から雌が多く孵化し、左側を上面に向けているものからは雄が多く孵化すると云っているが、卵内における胚の左右位と雌雄との関係は、古く明石(38)により、また後には石井(250)によって否定されている。
2 発蛾
A 発蛾の行動
a 発蛾および脱繭
川浪(363)は発蛾および脱落の行動を次ぎのように観察している。
発蛾が近付くと、蛹は体表に皺が生じて柔軟となり、脱皮の30−60分前から体を動かし初める。
20−40分前頃から、脚、翅、腹部環節の順序で帯褐乳濁色に変色し、変色が完了すると10−30秒間ぐらい屈伸運動が続き、蛹皮が破れる。蛹皮が最初に裂開する部位は胸部背面正中線が最も多く、胸部と腹部との境の背面がこれに次ぎ、頭部と胸部との境の背面が最も少ない。蛹皮が裂け初めてから脱皮し終わるまでの時間は雄が雌より短かい。
蛹皮から蛾の頭部が出たときに最初の吸胃液の吐出が行なわれる。繭層の一部を切り取って脱落行動を観察すると、まず繭層の吸胃液によって浸潤した部位を第1胸脚でかき分け、頭部をあててその部分を押し、腹部環節を伸縮してこれに力を添える。全部の脚が頭から出ると、脚を繭の外面その他にかけて、体を引き出すような運動を行ない、腹部は伸縮運動を続ける。
脱繭は光の方向、繭のおかれた角度などとは無関係に、常に破風部付近を破って行なわれ、繭の胴部から出るものはない。また明暗や繭のおかれた角度によって脱出の方向を変えるものは極めて少なく、頭部に近い破風部から真直ぐに出るものが大部分であるから、脱繭に際しては走光性を殆ど示さないものと思われる。
吸取紙またはセロファン紙で繭形の袋を作り、脱皮直後の蛾を入れて吸胃液吐出回数を調べたところ、平均して、特N(欧)の雌が35.0回、雄が44.2回、日116号の雌28.1回、雄38.2回、セクザートの雌27.2回、雄36.4回で、何れも雌の吐出回数が雄より少なかったが、平均吐出量は日116号雌201.4mg、雄178.5mg、セクザート雌210.8mg、雄198.6mg、支108号×日115号(新)雌233.4mg、雄221.2mgで、雌が雄よりも良かった。吐出量は微粒子検査用の沈降管内に吐出させて測定した。但し、自然の脱繭よりも長い時問吐出させて測定しているので、吐出回数、吐出量ともに自然の場合よりは多くなっているものと思われる。吸胃液吐出量と蛹重との間には正の相関々係が認められた。
第1回の蛾尿排泄は、脱繭の途中、特に胸部末端から腹部にかけての部分の脱出する際に行なわれることが多い。これは狭い脱出孔を通過するときに直腸嚢が圧迫されるためであろう。次ぎに多いのは脱出後で、繭腔内にあるときに放尿するものは最も少ない。
裸蛹にしておくと吸胃液の吐出量が少ないが、このような蛾と吸胃液を十分に吐出させたものとを比較すると、前者の蛾尿量が多い。尿色は、初めは赤褐色であったが、排出を重ねるに連れて淡色になり、白濁や透明に近い尿を出すものがあった。これは吸胃液不吐出蛾に多く、また透明に近くなった蛾尿はアルカリ性を示した。これらのことは、残存吸胃液が腸を通り、直腸に入って尿と共に排泄されることを示すものと考えられると云う。
塚越(1086)の調査では、吸胃液吐出量は、上記とは反対に、寧ろ雌より雄において多かった。
蛾の下顋(小顎)は発蛾後には萎縮して、感覚器管としては殆ど用をなさないようにみえるが、発蛾前にはその腺細胞の活動がみられ、蛹皮と下顋との間に分泌物を出しているから、発蛾の際の脱皮液分泌組織の1部として役立っているのであろうと考えられている(1082)。
b 脱繭不能蛾
脱繭不能蛾は蛹皮をぬいでも繭から脱出し得ない蛾で、繭内蛾とも呼ばれる。繭層の厚い原種、特に支那種にはこれが多いので、繭の両端切りを行なうのが普通である。日本種は両端切りを行なわない場合が多い。
脱繭不能蛾の発生は蚕品種によって著しく異なるから、遺伝的性質に基ずくことは確かであるが、同一品種においても、そのときどきの条件によって増減がある。
小針・金子(390,391)は、脱繭不能の原因が蚕にあるのか繭にあるのかを知るために種々な実験を行なった。
それによると、脱繭不能蛾は、一般に、雄よりも雌に多く、繭形に関しては、同一品種内では、繭長(L)と繭巾(W)との比率a=L/Wが1に近いほど、即ち球形に近いほど、多かった。また、一般的に云えば雌の脱繭不能が多いのであるが、比較的球形な繭についてみれば雌よりも雄の脱繭不能が多く、長目の繭では雌の脱繭不能が多かった。
繭層を直径0.5cmの円形に打ち技き、その重量によって繭層の厚さを比較すると、縦作り繭においては、蛹の頭部の方向の破風部は尾部の方向の破風部よりも遙かに薄く、横作り繭では両破風部の厚さがほぼ等しかったが、これらの繭の胴部を切り開き、蛹の頭尾を反対にして繭を接ぎ合わせておくと、縦作り繭で蛹の向きを反対にした場合には脱繭不能蛾が多くなるのに対し、横作り繭では繭の向きを変えても脱繭不能蛾は増加しなかった。即ち、繭層の厚さが脱繭不能に関係していることがわかる。
次ぎに、同一品種内で球形に近い繭(a=1.21−1.36)と長形の繭(a=1.48−1.64)とを選び、
1.球形繭の蛹を他の球形繭に入れたものと長形繭の蛹を球形繭に入れたものとの比較
2.球形繭の蛹を長形繭に入れたものと長形繭の蛹を他の長形繭に入れたものとの比較
を雌雄別に、5品種について行なった処、1品種4組(雌雄各2組)、計20組の比較の中で、
球形繭からの蛹に脱繭不能蛾歩合の高かった場合 11例
〃 〃 低かった場合 4例
両種の蛹の脱繭不能蛾歩合に差のなかった場合 5例
で、球形繭の蛹に脱繭不能蛾が幾分多かった。
しかし、この成績を繭層の側からみると、蛹は球形繭のものでも長形繭のものでも、例外なしに、球形繭に入れたものの脱繭不能蛾が長形繭に入れたものよりも多かったから、球形繭に脱繭不能蛾の多いのには、繭そのものの性質の大きく関係していることがわかる。但し、この場合の試験は、雌繭は雌繭、雄繭は雄繭相互の間で蛹を取りかえ、蛹の向きも、前の蛹の向きと同じにして行なった。
一方、同一品種から、淘汰によって脱繭不能蛾歩合の相違する系統を作り、各系統の繭層に一つの系統の蛹を入れてみると、繭層に用いた系統によって脱繭不能蛾歩合が相違し、一系統の繭層に各系統の蛹を入れると、蛹の系統によって脱繭不能蛾歩合が相違した。即ち、脱繭不能の原因は繭の性質と蛾の脱繭能力との両者に関係のあることがわかる。
環境条件としては、5令の軟葉給与が普通桑給与に比べて、発蛾間近かから暗黒にして保護したものは自然の明暗交替にまかせたものに比べて、それぞれ脱繭不能蛾が多かった。また、完全な暗黒ではなく、高さ4cmの木箔に繭を1粒ならべにし、蚕座紙で作った孔紙を2枚覆い、採種室の棚に挿して上下の木箔の間隔を4cmとした程度の光線遮断でも、木箔に繭を並べ、同じ室の中央に1枚ならべにしたものに比べて、脱繭不能蛾が多かった。
なお、近年脱繭不能蛾の多くなったのは、繭層歩合を目標にする品種改良が進んで、繭層が蛾の脱繭能力以上に厚くなったことが一つの原因と考えられるが、また、品種改良の過程において、裸蛹のままあるいは蛹を切繭に入れて発蛾させ採種することが行なわれるため、本来ならば脱繭不能で除外される筈のものからも採種する機会が多くなり、結果として脱繭不能蛾の多い系統を選出する場合があるに違いないと云う。育種専門家の意見として注目される言葉である。
塚越(1086)は、吸胃液吐出量の多い品種は概して脱繭歩合が高いが、例外もあり、球形の繭では吸胃液を分散的に吐出している場合がみられると云っている。
両端切りを行なった繭においても脱繭不能蛾の多いことがある。その原因には種々あると思われるが、繭の切り方によっては、蛾が出るには不十分であり、しかも吸胃液は作用しにくい穴の大きさになる場合のあることや、二重繭層の甚だしい場合には蛾の動きが制約されることなども原因の一部になるものと考えられる。
B 発蛾の早晩
a 発蛾の早晩と産卵
同一品種の同じ掃立て口の蚕について、発蛾の早晩と産卵数との関係を調べると、早く発蛾したものの産卵数は幾分少ない傾向があったと云う報告と(851)、これを追試してみたが、造卵数は、日本種(2品種)においては発蛾日順の早いものに、支那種(2品種)においては発蛾日順の中程のものに多く、良卵、再出卵、不受精卵、死卵、箱内産卵(2日間産卵させた後収蛾箱に入れた)および体内残留卵と発蛾日順との間には、各品種とも、一定の傾向がみられなかったと云う報告(375)とがあるが、全体で100頭内外の蛾数を調べたのでは、初期および後期には日別発蛾数が少ないから、十分な比較はできないように思われる。
小泉ら(433)が別の目的で行なった試験成績の中から、支124号の発蛾第1日と第2日との分を拾い出して集計してみても、1蛾平均で、第1日427.1粒、第2日431.7粒で、差があるとは云われない。但し、これは第1日の11試験区、第2日の12試験区(原著者が冷蔵の悪影響を受けたかも知れないと考えている1区を除き)の各試験区別平均数の平均であって、蛾数は示されていないが、各区の総卵数(24時間内)とその平均産卵数とから逆算、合計すると第1日263蛾、第2日253蛾についての調査と考えられる。
小泉ら(432)は、支124号において、第1日目発蛾と第2日目発蛾との産卵速度を比較し、春蚕期、晩秋蚕期ともに2日目発蛾のものの産卵が速く、大造においても同じ頑向が認められたが、日1号および日124号においては差がなかったと報告している(第64表)。
調査 時期 |
発 蛾 日 時 |
時間別積算産卵数歩合(%) | 対1蛾 産卵数(粒) |
||||||
1時間 | 2時間 | 3時間 | 4時間 | 5時間 | 6時間 | 7−24時間 | |||
6月 | 1日目 2日目 3日目 |
1 23 9 |
8 61 48 |
14 75 58 |
23 84 78 |
30 87 87 |
34 89 91 |
100 99 100 |
414 436 447 |
10月 | 1日目 2日目 3日目 |
0 4 11 |
0 24 31 |
0 32 40 |
1 32 45 |
3 37 68 |
7 52 83 |
100 99 99 |
280 277 327 |
この原因には言及されていないが、差のあった品種の発蛾第1日の産卵は非常におそいが、差のなかった日1号および日124号においては、発蛾第1日の産卵が、割愛後1時間でそれぞれ59.1%および41.4%にも達していたから、この遅速は卵の成熱度に関係のある問題のように考えられる。例えば、第2日の発蛾には、第1日目に発蛾すべきもの、あるいは発育のかなり進んだものが、発蛾の日週期や明暗の関係で2日目の朝まで発蛾せずにいたものの混っている可能性があり、このような蛾には、後に述べるように成熟卵が集積していて、早く産卵することも考えられる。これらの点を吟味して再検討する必要がある。第2日目と第3日目との産卵速度には統計的に有意な差がなかった。
b 発蛾の早晩と化性
中間温度(20℃)で暗催青を行ない、不越年卵性蛾の出方を調べると、発蛾日次の早いほど不越年卵性蛾歩合が高い(219,417,566,846-849,851,859)。
この場合、越年卵性蛾と不越年卵性蛾とを比較すると概して前者の産卵数が多い(第65表)。
本書の範囲外のことではあるが、微粒子病蛾は同じ掃立ロの中で早く発蛾したものに多い(735)。
系統・化性 | 品種名 | 越年卵性蛾 | 不越年卵性蛾 | 越年卵、不越年卵混産蛾 |
日本種 二化性 |
み や ま 志 賀 ふ じ 日 新 春 月 日122号 |
100 (599) 100 (500) 100 (637) 100 (446) 100 (533) 100 (482) |
86 − 94 105 93 − |
96 95 98 112 99 103 |
支那種 二化性 |
ひ か る 美 鈴 さ く ら 和 光 宝 鐘 春 白 支115号 |
100 (439) 100 (547) 100 (730) 100 (574) 100 (643) 100 (366) 100 (279) |
128 91 85 89 87 102 194 |
126 98 93 94 98 111 220 |
3 交 尾
A 交尾時間
a 交尾時間と受精
交尾した雄蛾が第1回の射精を始めるのは、初交の雄では5−10分後、射精の終るのは約40分後であるから、初交の交尾時間は1時間で足りることを既に述べたが(T3Ba)、これは実際に交尾させた試験結果からみても十分な時間である(2,498,511,863,961)。
1回の射精によって雌の体内に入る精子の数は約10万と算定されているから(T3Ba)、精子の数としても不足することはない。
第1回の射精が終って、第2回が始まるまでには60−90分の間があり、この間は、交尾を続けさせておいてもただ連結しているだけで、受精卵を増加させることには役立たない(第66表)。
蚕品種 | 交尾時間(分) | |||||||||||
5 | 10 | 15 | 20 | 30 | 40 | 50 | 60 | 90 | 120 | 180 | 240 | |
日123号 昭 白 長 光 支123号 新 光 |
0% 0 0 0 0 0 |
0% 0 0 0 0 0 |
0% 0 0 0 0 0 |
0% 8 0 97 0 77 |
94% 98 98 91 97 97 |
91% 97 97 95 98 92 |
99% 85 99 96 88 96 |
82% 96 98 93 96 96 |
96% 94 93 97 93 98 |
85% 95 99 90 84 98 |
96% 97 97 93 95 99 |
88% 96 98 94 98 97 |
従って、作業の手順から、3時間以上交尾させておくのは普通のようであるが、再交、三交に使用するための雄蛾の生理上からは、初交の交尾時間は1時間以上に亘らないことが望ましい。交尾を1時間で打切っても、勿論、次代蚕には影響がない(3)。
第1回の射精後直ちに割愛した雄蛾をそのまま直ちに再交させた場合には、2時間は交尾させておく必要がある(498,863)。これは貯精嚢に精子が充満するのに要する時間、射精管下部の分泌物の回復に要する時間などからみても最小限に必要な時間である(T3Ba)。再交では初交に比べて射精量が少なく、射精継続時間も短かい。
町田・渡辺(498)によると、24℃と32℃とでは受精に必要な交尾時間に差がなく、15−20分間交尾させるとその産卵中に受精卵が認められたが、12℃では1時間の交尾で初めて受精卵がみられ、7℃では2時間の交尾で漸く受精卵が認められた(日107号)。交尾中には適当な補温の必要なことがわかる。
b 交尾時間と産卵
初交の交尾時間は産卵数からみても1時間で十分である(第67表)。
蚕品種 | 交尾時間 (分) | |||||||||||
5 | 10 | 15 | 20 | 30 | 40 | 50 | 60 | 90 | 120 | 180 | 240 | |
日123号 昭 白 長 光 支123号 新 光 |
24 7 11 10 8 30 |
10 43 13 13 3 30 |
14 15 9 0 4 11 |
14 5 3 88 12 119 |
100 100 100 100 100 100 |
102 77 103 107 116 117 |
111 91 132 97 144 110 |
99 72 111 100 131 116 |
113 93 117 106 135 124 |
76 103 118 87 110 129 |
106 98 121 106 125 117 |
90 102 138 128 142 141 |
しかし、交尾時間を更に長くすると、一見、交尾時間の長いほど産卵数が多いか、または産卵が速いようにみえる現象があらわれる。
この点については沓掛(471)の試験がある。営繭後25−26℃、湿度70−80%で保護した種繭から、朝の4−5時に発蛾した雌蛾をとり、6時に一斉に交尾させ、8時、12時、16時に割愛(交尾時間はそれぞれ2、6、10時間)した試験(A)および同じく4−5時に発蛾した雌蛾を交尾時間は一定(2時間)にし交尾時刻を違え、上と同じ8、12、16時に割愛した試験(B)を行なって産卵速度を比較した(第68表)。
割愛 時刻 |
(A)交尾時刻を一定にした場合 | (B)交尾時間を一定にした場合 | ||||||
60%内外に 達する時間 |
80%内外に 達する時間 |
60%内外に 達する時間 |
80%内外に 達する時間 |
|||||
割愛後 | 発蛾後 | 割愛後 | 発蛾後 | 割愛後 | 発蛾後 | 割愛後 | 発蛾後 | |
時 8 12 16 |
時間 8 5 3 |
時間 11 12 14 |
時間 15 10 7 |
時間 18 17 18 |
時間 8 4 2 |
時間 11 11 13 |
時間 14 8 7 |
時間 17 15 18 |
表の(A)をみると、割愛時刻のおそいほど、従って交尾時間の長いほど割愛後の産卵が早くなっている。しかし、(B)をみると、交尾時聞が一定であるのに、割愛時刻のおそいほど割愛後の産卵が早くなっており、また発蛾後の時間で計算すれば、(A)も(B)も殆ど産卵速度に違いがないから、割愛時刻のおそいほど産卵が早いようにみえるのは、卵の成熟度の相違を示すものに外ならないと考えられる(W3Ca)。 また、上と同じ時刻に発蛾したものを、交尾時刻を6、10、14時とし、割愛時刻を一定(16時)にすると各区間の産卵速度に殆ど差がなかった。これらの結果からみると、産卵数および産卵速度に関しても、特に長い交尾時間は必要でない。
なお、割愛時刻がおそいと、割愛後、暗くなるまでの時間の短かいこと(W5Ab)も産卵を促進する要因の一つになっているものと思われる。
15時に割愛すると、早く産み初めはするが少量の産卵が続き、最も盛んに産卵するのは17−20時頃で、17時に割愛したものと変りがないから、人工孵化などのためには、なるべくおそく割愛して、17−20時に一斉に産んだ卵だけを使用するのがよい(1128)と云うような意見もあるが、これも、割受がおくれれぼその間に卵の成熟が進み、夕方暗くなるのと相俟って、集中産卵の条件が成立するために外ならない。
B 雄蛾の使用回数
同じ雄蛾を何回交尾させることができるかについては、蚕品種や雄蛾の取扱いによって相違するばかりでなく、何日間にも亘って試験を続ける場合には、相手に使う雌蛾の条件が同じではなくなるから、結果の討検に注意する必要がある。
小田中(699)の成績の一部を第69、70表に示す。
掛け合わせ | 交尾 回次 |
交尾時間 | 受精卵 歩合(%) |
死卵歩合 (%) |
不受精卵 歩合(%) |
有効雄蛾* 歩合(%) |
分離白1号 × 支106号 |
1 2 3 4 5 6 |
1時間半 〃 2時間半 〃 3時間 3時間半 |
95 92 87 90 82 65 |
0.5 0.3 0.6 0.2 0.9 1.7 |
4.4 6.8 11.7 9.5 16.9 32.6 |
100 100 96 96 89 89 |
支106号 × 分離白1号 |
1 2 3 4 5 6 |
1時間半 〃 2時間半 〃 3時間 3時間半 |
94 92 91 89 94 94 |
0.9 1.2 0.9 1.0 1.0 0.7 |
4.5 6.4 7.1 9.5 4.0 4.9 |
100 100 100 100 89 89 |
掛け合わせ | 交尾回次 | 交尾時間 | 受精卵 歩合(%) |
死卵歩合 (%) |
不受精卵n 歩合(%) |
有効雄蛾 歩合(%) |
|
分離白1号 × 支106号 |
1 2 3 4 5 6 |
第1日 〃 第2日 〃 第3日 〃 |
1時間半 2時間 1時間半 2時間 2時間 3時間 |
95 94 85 61 83 52 |
0.7 3.3* 0 0.4 0 0.1 |
3.9 4.9 14.1 38.2 16.7 47.2 |
100 92 92 92 85 75 |
支106号 × 分離白1号 |
1 2 3 4 5 6 |
第1日 〃 第2日 〃 第3日 〃 |
1時間半 2時間 1時間半 2時間 2時間 3時間 |
95 95 94 93 90 86 |
0.3 0.2 0.9 0.5 0.9 1.4 |
4.3 4.3 4.5 6.2 9.0 11.6 |
100 100 96 85 82 82 |
この試験においては、使用後の雄は、その都度直ちに13℃で抑制した。抑制のための容器は綴1尺5寸、横2尺1寸、高さ1尺5寸、周囲は金網張りで、中に20個の小框を吊した。蛾はこの小框に張った布にとまり、抑制中殆ど動かなかった。
交尾、産卵中の温湿度は24℃、75%。産卵数調査は産卵後30日で行なった。この成績をみると、支106号と分離白1号とで程度に相違はあるが、1日1回交尾、2回交尾ともに、第3回次から目立って不受精卵が増加している (W4B)。
なお小田中は卵の1,000粒重量の違いおも見出そうと努めているが、卵の大小は雌によってきまるものであるから、これは差のない筈のものである。
C 交尾中の管理
a 温度
上蔟後、温度26℃内外、温度70−80%で保護した種繭から朝の2−6時の間に発蛾した雌蛾をとり、6時から4時間、30℃、25℃、20℃および15℃で交尾させ、10時に割愛、25℃で産卵させて産卵速度を調査した沓掛(471)の成績を第71表に示す。
産卵時間 の区分 |
交尾中30℃区 | 交尾中25℃区 | 交尾中20℃区 | 交尾中15℃区 | |||||
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
||
6月28日 6月29日 |
10−11時 11−12 12−13 13−14 14−15 15−16 16−17 17−18 18−19 19−20 20−21 21−22 22−23 23−24 0−1 1−2 2−3 3−4 |
135 163 73 20 27 10 10 12 3 4 6 2 3 1 4 2 1 4 |
24 53 66 70 75 77 79 81 81 82 83 84 84 85 85 86 86 87 |
141 176 79 12 23 20 23 11 8 3 9 5 3 3 1 1 2 4 |
24 55 69 72 76 79 83 86 87 88 89 90 91 91 92 92 92 93 |
35 59 148 77 64 27 65 51 18 22 13 9 3 4 3 1 3 10 |
5 13 35 46 56 60 69 77 80 83 85 86 87 87 88 88 89 90 |
12 7 78 98 42 12 43 75 48 22 41 33 6 16 2 4 2 8 |
2 3 16 31 38 40 48 60 68 72 78 84 85 87 88 89 89 90 |
*その後の産卵数 | 71 | 36 | 65 | 56 | |||||
総産卵数 | 558 | 569 | 684 | 613 |
発蛾後 割愛までの 保護温度 |
保護時間 | |||||||
4時間 | 12時間 | |||||||
産卵数歩合 | ||||||||
50% | 60% | 70% | 80% | 50% | 60% | 70% | 80% | |
℃ 30 25 20 15 |
時間 1−2 1−2 4−5 6−7 |
時間 2−3 2−3 5−6 7−8 |
時間 3−4 3−4 6−7 9−10 |
時間 7−8 6−7 8−9 11−12 |
時間 1−2 1−2 2−3 2−3 |
時間 1−2 1−2 2−3 2−3 |
時間 2−3 2−3 4−5 5−6 |
時間 4−5 3−4 9−10 7−8 |
沓掛は、これと同時に、それぞれの温度に移した蛾を直ちに交尾させず、4時間おいてから交尾させたもの(各温度に保護した時間は交尾中4時間をも含めて8時間)および8時間おいて交尾させたもの(各温度に12時間)についても同様を調査を行なった。これらの結果を綜合すると、第72表のように、産卵歩合が一定値に達するまでの時間は、発蛾後、割愛までの保護温度30℃と25℃との間には殆ど差がないが、20℃以下では、温度の低いほど目立って良くなる。しかし、保護時間が良くなるに連れて各温度区間の産卵速度の差は小さくなる。これは、温度によって産卵速度に差の生じるのは卵の成熟速度が温度によって異なるためで、保護時間が良くなれば各区の成熟卵数の差が次第に縮まることを示すものと考えられるが、これらの温度に4、8、12時間保護した蛾を解剖して、卵管柄に下降している成熟卵数を調べた結果は(第73表)、この予想の通りであった。
短時間内に一斉に産卵させることは蚕種の保護取扱い、特に人工孵化成績を向上させるために重要であるが、これには、産卵中ばかりでなく発蛾から交尾中の環境にも注意し、25℃目標の温度で保護する必要のあることがわかる。湿度は70−80%がよい。
発蛾後の 保護温度 |
成熟卵数(10蛾平均) | |||
発蛾直後 | 4時間後 | 8時間後 | 12時間後 | |
℃ 30 25 20 10 |
粒 445 |
粒 537 556 532 441 |
粒 588 618 579 486 |
粒 621 700 638 560 |
b 光線
交尾中を暗くしておくと、明るくしておくよりも割愛後の産卵が幾分早いと云う成績がある(第74表)。
区別 | 交尾中の 照度 |
産卵中の 照度 |
割愛後の時間別産卵数歩合(%) | 24時間の 総産卵数(粒) |
供試 蛾数(蛾) |
||||||||
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 8−24 時間 |
|||||
A | 500lux | 初め2時間は500lux、 以後は暗 |
0 | 1 | 37 | 9 | 8 | 9 | 7 | 8 | 21 | 10,891 | 27 |
E | 暗 | 0 | 0 | 46 | 4 | 8 | 5 | 8 | 4 | 24 | 11,637 | 26 | |
B | 500lux | 恒 暗 | 13 | 16 | 14 | 10 | 5 | 6 | 5 | 6 | 25 | 11,825 | 25 |
F | 暗 | 24 | 14 | 15 | 8 | 6 | 6 | 4 | 2 | 21 | 12,546 | 26 |
この試験のように500luxと云うような明るい場所で交尾させておくことは実際にはないであろうが、後(W5Ab)に述べるように、産卵中の雌蛾に対しては30luxと600luxとが同様な効果をあらわすことを考えると、交尾中を暗黒または暗黒に近い程度にしておく方が割愛後の産卵は早いと思われる。但し、暗くしておくと、離交した場合に雌が直ちに産卵を始めるおそれがあるから、離交し易い品種においては、交尾中を明るくして、離交した雌の産卵を抑制する方がよいと云う。
勝野(321)は、照度0.2、30および300luxの場所で交尾させた雌蛾を割愛後解剖して、交尾嚢および受精嚢内の精子数をかぞえたが、300lux区においては、他の2区に比べて交尾嚢内における“ちぢれ精子”(T3Ab)数の比率の高いことを認め、照度の高い場合には“ちぢれ精子”の受精嚢への移行率が低いのであろうと考えている。
交尾中の環境については、その他、60−80フォーンの騒音(録音で聞かせた)は、30−40フォーンに比べて交尾不能蛾を増加させ、不受精卵歩合および残留卵歩合を高めたと云う報告がある。
4 蛾の抑制
A 雌蛾の抑制
発蛾当日の未交尾雌蛾を2.5℃、5℃、7.5℃および10℃に冷蔵し、出庫後、発蛾当日の雄蛾を交配して産卵を調査した藤本(99)の成績を第75表に示す。
冷蔵温度 (℃) |
冷蔵日数 (日) |
造卵数 (粒) |
産卵数 歩合(%) |
不受精卵 歩合(%) |
冷蔵中の産 卵数歩合(%) |
供試蛾数 (蛾) |
2.5 | 2 4 6 8 |
554 553 562 562 |
83 87 87 82 |
6 8 12 11 |
0 0 0 0 |
93 89 76 80 |
5 | 2 4 6 8 |
550 568 569 572 |
85 89 89 83 |
5 6 9 9 |
0 0.1 0.3 1.3 |
88 88 85 83 |
7.5 | 2 4 6 8 |
548 566 558 546 |
85 85 74 69 |
6 9 10 15 |
0.3 9.9 14.8 21.5 |
89 86 82 82 |
10 | 2 4 6 8 |
558 571 561 558 |
86 78 60 45 |
6 10 16 24 |
3.6 13.3 30.1 43.0 |
81 88 86 79 |
無 冷 蔵 | 553 | 86 | 3 | − | 97 |
これはS2と云う品種(支那二化性)についての成績であるが、同時に行なったN2(日本二化性)についての試験結果も同様で、最も安全な冷蔵温度は5℃であった。
冷蔵巾の産卵は品種によって著しく相違する。発蛾後5時間以内の未交尾雌蛾(支那二化、支那一化、日本二化、日本一化、欧州一化の各2品種あて)10日間冷蔵して調査した結果によれば、2.5℃においては何れの品種も産卵しなかった。5℃においては支那種(一化性1品種を除き)が5−6日目から産卵し初めたが、日本種および欧州種は産卵しなかった。7.5℃においては、支那種は2−4日目から産卵を始め、一化性よりも二化性の産卵が遙かに多かった。日本種は、早いもの(N2)は5日目、おそいものは8日目から産卵を始め、10日間の産卵数歩合は支那1化性と大差がなかったが、欧州種は産卵しなかった。
10℃においては、支那種は1−2日目、日本種は3−5日目から産卵を始め、欧州種のうち豊黄は10日目に僅かに産卵したが、欧20号は全然産卵しなかった。冷蔵中の産卵は、冷蔵前の高温保護時間の長い蛾ほど多く、交尾したものは未交尾蛾に比べて遙かに多い。
未交尾蛾を1日間5℃に冷蔵したものと、この間を24℃においたものとの交尾後の産卵を比較すると(第76表)、S2においては、24℃においたものの方が産卵数歩合が高かった。これは24℃の方が卵の成熟が進むためであろうが、品種によって相違のあることがわかる。この場合には24℃においたものの方がよかったようにみえるが、交尾前に産卵してしまう場合もあるから、一般に用いることはできない。
蚕品種 | 試験区 (℃) |
供試蛾 数(蛾) |
交尾後における | 交尾前産卵 数歩合(%) |
|
産卵数歩合(%) | 不受精卵歩合(%) | ||||
S2 (支那二化) |
5 24 |
96 93 |
75 81 |
6 5 |
0 2 |
N2 (日本二化) |
5 24 |
87 79 |
67 66 |
9 13 |
0 3 |
なお藤本は、8日間以内の冷蔵では、冷蔵と無冷蔵との間に造卵数の差はないと云っているが、第75表において、4日間以上冷蔵したものの造卵数は無冷蔵のものに比べて僅かながら常に多い。これはN2についての成績をみても同じ傾向であるから、意味のある差と考えるべきで、冷蔵中に卵の成熟が進むのであろうが、冷蔵中の産卵の全然なかった2.5℃のような低温において果して卵の成熟が進むか否かは問題である。しかし、蛾の冷蔵は、後に述べるように短時間でも産卵を促進し、また長く冷蔵すると包卵被膜をかぶったままの未完成卵まで産み出されると云うから(V5A)、低温刺戟を受けた卵は出庫後の成熟が進んだり、あるいは未成熟のまま産み出されることがあるのかも知れない。
雌蛾を冷蔵すると、以上のように、その温度および期間によって、生理的障害、卵の成熟、および産卵に対する刺戟の三つの影響が組合わさって結果にあらわれる。従来、短期間の抑制には5℃よりも高めの温度の用いられることが多いのは、抑制中に産卵しない限り、温度の高い方が産卵成績のよい場合のあるためと考えられるが、発蛾後、時間のたった雌蛾は、7.5℃以上では抑制中に産卵を始めることが多いから、抑制の時期および温度に注意する必要がある。産卵の早い品種においてはこの注意が特に大切である。
20℃前後の温度での蛾の生存日数は、雌雄ともに概して欧州種が日本種および支那種より長く、一化性は二化性よりも、雌は雄よりも長い。
B 雄蛾の抑制
雄蛾は雌蛾よりも長期間の抑制を必要とする場合が多い。
雄蛾は動きが激しいから、体力の消耗を防ぐことが抑制の眼目になるが、同時に、抑制しながら交尾を繰返えす場合には、次ぎの交尾までの間に射精に必要な内的条件の回復(T3Ba)を進める必要がある。抑制温度とこの内的条件の回復との関係についての調査は行なわれていないようである。
種々な点から考えて、安全な抑制温度は5℃−7.5℃であるが、短期間の場合には蛾の静止ししている範囲内で、これより高い温度を用いてもよい。
13℃での抑制は既に示した(第69、70表)。 5℃での成績を第77表に示す。
三交の成績が目立って低下していることは13℃抑制の場合と同様の傾向である。
蚕品種 | 交尾回次 | 供試蛾数 (蛾) |
交尾歩合 (%) |
正常産卵 蛾歩合(%) |
不受精卵 蛾歩合(%) |
支126号×日126号 | 初 交 再 交 三 交 |
91 91 91 |
100 100 99 |
86 76 83 |
1 7 6 |
支125号×日502号 | 初 交 再 交 三 交 |
100 100 100 |
100 96 96 |
73 76 61 |
2 2 14 |
日502号×支125号 | 初 交 再 交 三 交 |
100 100 100 |
100 98 98 |
83 76 67 |
8 20 24 |
日126号×支126号 | 初 交 再 交 三 交 |
100 100 100 |
100 99 99 |
88 89 85 |
6 7 11 |
5 産卵
A 産卵中の管理
a 温度
上蔟後、温度26℃内外、湿度70−80%で保護した種繭から朝の2−6時に発蛾した雌蛾をとり、直ちに25℃で交尾させ、4時間後の10時に割愛して25℃、20℃、15℃の3区に分け、光線を遮断して産卵させた成績を第78表に示す(471)。沓掛は、これと同様にして8時間交尾させる実験をも行なっているが、この二つの実験結果を綜合すると(第79表)、30℃区と25℃区との産卵速度には差がなく、ともに20℃区および15℃区より速いが、その差は交尾時間の長くなるに連れて小さくなっている。これは既に縷々述べたように、卵の成熟が進んで各区の成熟卵数の差が縮小するためと考えられる。
産卵中の保護温度は胚発生の面からも考えなければならない。産み出された蚕卵内では、後に述べるように(Y2A)、直ちに成熟分裂、受精、および核分裂が引続いて進行するから、産卵中の保護には母体の保護と共に蚕種保護の初期が重なり合っている。
産卵時間 の区分 |
産卵中25℃区 | 産卵中20℃区 | 産卵中15℃区 | ||||
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
時間別 産卵数(粒) |
累加産卵 歩合(%) |
||
6月28日 6月29日 |
10−11時 11−12 12−13 13−14 14−15 15−16 16−17 17−18 18−19 19−20 20−21 21−22 22−23 23−24 0−1 1−2 |
141 142 69 126 28 16 12 8 7 5 9 6 2 1 0 5 |
22 44 55 75 79 82 84 85 86 87 89 90 90 90 90 91 |
102 138 117 44 34 37 17 20 12 6 7 2 3 4 3 7 |
15 37 55 62 67 73 76 79 81 82 83 83 84 85 85 86 |
68 113 89 99 49 45 9 11 13 14 10 3 2 4 1 6 |
10 28 42 58 66 73 75 77 79 81 83 83 84 84 85 86 |
*その後の産卵数 | 52 | 86 | 87 | ||||
総産卵数 | 637 | 646 | 631 |
産卵中 の温度 |
交尾時間 | |||||||
4時間 | 8時間 | |||||||
産卵数歩合 | ||||||||
50% | 60% | 70% | 80% | 50% | 60% | 70% | 80% | |
℃ 30 25 20 15 |
時間 − 2−3 2−3 3−4 |
時間 − 3−4 3−4 4−5 |
時間 − 3−4 5−6 5−6 |
時間 − 5−6 8−9 9−10 |
時間 0−1 1−2 1−2 1−2 |
時間 1−2 1−2 1−2 2−3 |
時間 2−3 2−3 1−2 3−4 |
時間 4−5 4−5 3−4 4−5 |
蚕品種 | 供試 蛾数(蛾) |
第1次産卵 中の温度(℃) |
第1次産卵(2−18時) | 第2次産卵(18時−翌朝9時) | ||||
正常卵 (%) |
不発生卵 (%) |
不受精卵 (%) |
正常卵 (%) |
不発生卵 (%) |
不受精卵* (%) |
|||
N6形 | 10 7 10 11 10 |
28 30 32 34 **交尾前34 |
91 64 46 14 − |
6 18 40 70 − |
2 17 13 15 − |
82 85 93 94 90 |
8 6 2 3 5 |
9 7 3 1 4 |
C18 | 9 8 10 10 8 10 |
25 28 30 32 34 **交尾前34 |
96 98 97 32 7 − |
2 1 2 6 43 − |
0 0 0 61 49 − |
89 95 93 98 98 98 |
8 3 6 1 0 1 |
2 0 0 0 0 0 |
受精を正常に完了させることは蚕種保護にとっては何よりも大切である。上の例においては、産卵速度に関する限り、30℃と25℃との間に優劣が殆どなかったが、蚕種保護、特に正常な受精と云う立場からみればは30℃は受精の障害を起こし易く、極めて危険な温度である(第80表)。
この表の不発生卵は、産卵後暫くは普通の不受精卵と区別がつかないが、1週間ほどで徐々に着色し初め、2週間後には濃淡種々な褐色卵になり、漿膜を形成していたものもあるが、調査のときには全部淡褐色の潰れ卵になっていたと云うから、不受精卵の着色(V5A)、不完全な単為発生、受精後間もない死卵などを含むものと考えられる。
佐藤・目崎(819)は産卵後78゚F(20℃)で20−80分の卵を104゚F(40℃)に1時間接触せしめた場合に生ずる不受精卵や死卵の増加を細胞学的に研究し、成熟分裂の異常、卵核の行動の異常および崩壊、精核の行動の異常および退化などを観察している。卵核は精核よりも高温に対する抵抗力が弱い。受精した核が分裂の途中で死滅すると外観的には不受精卵と区別できない卵になる。漿膜が生じてから後に死卵になるものも多い。またポリプロイド核が生じ、これが発生の過程で死滅して不着色卵または着色死卵になる。
野尻の場合にはこれよりも接触温度は低いが、時期的に一致しており、受精の異常に基ずくものと考えられる。
河野(449)は、春蚕期に、産卵後24℃で5時間目の卵と10時間目の卵とを28℃および32℃(湿度75−80%)に移して10日間おき、以後は普通のものと同じ扱いをした処、翌春の催青において催青死卵の多発するのを認め、解剖してみると腹面の環節が重複している畸形胚であった。但し、これはある特定の品種に限って起こると云う。
交尾後の雌蛾を短時間低温にあわせると、常温に戻してからの産卵が促進されるが、その促進効果は雌蛾の状態によって異なり、暗くしただけで直ちに多数の産卵をするような蛾を低温処理しても、それ以上特に産卵の早まることはない(433)。従って、その効果は、主として、集積している成熟卵の産卵促進と考えられるものであるから、成熟卵の集積の少ない蛾に低温処理を施しても、短時間内には効果を期待することがむずかしいものと思われる。
産卵促進のための低温は0℃−15℃の範囲内では効果に違いがないが、5℃−10℃
で30分間ぐらいの処理をするのが適当であろうと云う。処理中の明暗は効果に影響がなかった。鈴木(893)は2.5℃、5℃、10℃の各30分間処理を比較して、5℃が産卵促進に最も効果があったと云っている。
低温処理による産卵促進効果は、上記のように、雌蛾の状態によって異なるが、小泉ら(433)の成績中、最も効果の大きかった例を示すと、割愛後を暗くしておいただけの対照区では産卵数歩合が30%に達するのに5時間を要したのに対し、5℃で2時間処理した後、暗所で産卵させたものは1−2時間で30%の産卵数歩合を示した(支124号)。
b 光線
蚕の産卵は明所におけるよりも暗所において速いが(471)、その明暗の区別は絶対的なものではなく、例えば、600luxと30luxとの照明を1時間ずつで交替すると、600luxのときに産卵が抑えられ30luxのときには促進されるが、30luxと3luxとを同様に交替すると、30luxが前の場合の600luxと同様に産卵を抑え、3luxが産卵を促進する(420)。 3luxと0luxとの交替では、3luxは実際上殆ど0luxに等しい作用をするが、交替を長時間続けると僅かに0luxのときよりは産卵の少ない傾向を現わす。明暗に対するこの反応には、蚕の品種によってかなり相違がある(286,420)。伊藤らの成績の中から数例を示す(第81表)。
蚕品種 | 産卵中 | 供試 蛾数 |
割愛後産卵数歩合が一定値に達するまでの時間 | |||
温度 | 明暗 | 産卵数歩合30% | 産卵数歩合50% | 産卵数歩合70% | ||
日 4 号 | ℃ 24.3 |
明 暗 |
蛾 12 16 |
時間 分 4 ・31 1 ・30 |
時間 分 6 ・18 2 ・32 |
時間 分 8 ・20 3 ・35 |
分離白1号 |
明 暗 |
22 24 |
4 ・11 2 ・14 |
5 ・40 3 ・46 |
7 ・38 5 ・47 |
|
日106号 |
明 暗 |
24 23 |
4 .17 1 ・37 |
6 ・22 3 ・01 |
8 ・32 5 ・23 |
|
日110号 |
明 暗 |
20 19 |
3 ・37 0 ・56 |
4 ・46 1 ・34 |
5 ・50 3 ・02 |
|
支101号 |
明 暗 |
22 27 |
7 ・24 0 ・47 |
8 ・55 1 ・18 |
10以上 1 ・49 |
|
支103号 |
明 暗 |
15 21 |
2 ・34 0 ・44 |
5 ・46 1 ・13 |
7 ・40 1 ・43 |
|
欧 5 号 |
明 暗 |
7 8 |
4 ・12 0 ・41 |
5 ・10 1 ・34 |
5 ・49 5 ・12 |
|
欧19号 |
明 暗 |
6 9 |
10以上 2 ・24 |
4 ・44 |
6 ・59 |
雌蛾の複眼を黒エナメルで塗りつぶしても、焼いても産卵に関する上記の明暗反応に変りがないが、複眼と共に腹部に黒エナメルを塗布すると、光線下においても暗の場合に近い蚕卵状態を示すから、腹部にも光覚があるらしい(426)。しかし、腹部だけに黒エナメルを塗っても、眼だけに塗った場合と同様に、正常な光反応を示す。
台紙の色は白黒何れでも産卵速度に違いがない(425,435)。
産卵の促進ではないが、割愛後、明るい場所において産卵を抑制しておき、これを暗所に移すと短時間内に比較的まとめて産卵させることができる(432,433)。
しかし、この方法は効果にかなりむらがあり、効果の明瞭でない場合や、初めから暗くして産卵を促進する方が却ってよい場合もある。これは、短時間の抑制ではその間に十分な数の成熟卵が集積しない場合や、反対に成熟卵が既に多数集積しているため、暗くしてその産卵を促進するだけで十分な場合などがあるためと思われる。効果のあった場合の1例を示すと(第82表)、割愛後直ちに暗くしたものでは産卵数歩合が60%に達するまでに4時間かかったが、初め3時間を明所においた後暗くしたものでは、暗くしてから2時間で産卵数歩合が70%に達した。
明暗調節 | 割愛後の時間別累加産卵数歩合(%) | 1蛾平均 産卵数(粒) |
||||||
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7−24時間 | ||
全期間暗 最初1時間明 〃 2時間明 〃 3時間明 |
5 0 0 0 |
27 9 0 0 |
43 42 26 0 |
60 63 60 34 |
75 75 77 71 |
81 82 81 79 |
100 100 100 100 |
379 401 375 399 |
低温処理による産卵の促進とこの方法とを併用して、15℃、10℃、5℃、2.5℃、0℃、−2.5℃各60分間の低温処理を施した後、2時間明所におき、以後暗くして産卵させる試験も行なったが、対照(低温処理を施さずに、初めから暗くしたもの、および2時間明の後暗にしたもの)に比べて勝るものはなかったと云う。この原因には言及されていないが、低温処理は集積した成熟卵の産出を促進し、明保護は成熟卵の産卵を抑えてこれを集積させる作用を持つものと考えると、低温処理のあとで明保護をするよりも、明保護を先きにし、低温処理を後にする方が効果があるのではないかと考えられる。
c 産卵不良蛾
雌蛾は、割愛後、翌朝までの間に全産卵数の80−90%を産むのが普通であるが(第83表)、翌朝までに全然産卵しないものや極く少数しか産卵しないものがある。
蚕品種 | 試験場所 | 交尾歩合 (%) |
時間別産卵量歩合(%) | 総精選卵 量(g) |
||
第1日20時まで | 第1日20時から 第2日8時まで |
第2日8時から 第3日8時まで |
||||
日129号 | 新 庄 小淵沢 宮 崎 |
94 99 99 |
51 72 53 |
31 9 35 |
18 19 12 |
68 81 88 |
支129号 | 新 庄 小淵沢 宮 崎 |
96 100 100 |
74 81 75 |
11 8 16 |
15 11 9 |
73 106 88 |
大宮・滝沢(745)は日122号および支115号について、産卵数が造卵数の34%以下の少数産卵蛾の調査を行なったが、交尾、産卵中の保護温度を22℃、25℃、28℃に変化させてもその発現歩合に影響がなかった。少数産卵蛾の造卵数は正常産卵蛾に比べて少なくはないようである。顕著なのは受精卵歩合の低いことであった(第84表)。解剖してみると、交尾嚢や受精嚢中に精子の認められないもの、精子は認められるが交尾嚢の肥大していないものなどがあり、また正常精子束が少なく、無核精子を多く含んでいるものもあった。これらが、どのような受精卵歩合を示した個体を解剖してのことなのかは述べられていないが、少数産卵蛾には不受精卵が多く、その原因は雌蛾ばかりでなく雄蛾にもあることがわかる。
蚕品種 | 項目 | 調査した少数産卵蛾 | 正常産卵蛾 | ||||||||||
No.1 | No.2 | No.3 | No.4 | No.5 | No.6 | No.7 | No.8 | No.9 | No.10 | No.11 | |||
日122号 | 造 卵 数 (粒) 産卵数歩合(%) 受精卵歩合(%) |
757 7 75 |
711 25 0 |
657 22 14 |
595 22 60 |
519 31 68 |
682 18 93 |
641 24 27 |
598 11 80 |
677 89 90 |
|||
支115号 | 造 卵 数 (粒) 産卵数歩合(%) 受精卵歩合(%) |
715 2 0 |
602 15 10 |
754 6 0 |
553 11 0 |
658 27 86 |
597 15 0 |
627 24 93 |
631 14 0 |
657 1 40 |
760 26 93 |
478 11 90 |
708 91 96 |
この少数産卵蛾の場合には、雌蛾にも相手の雄蛾にも生殖器の形態には特に異常がなく、卵管数の異常と少数産卵蛾の発現との間にも特に関係は認められなかった。しかし、卵管の中部に多数の卵細胞が塊状に集まっているものがあった。
不産卵蛾および少数産卵蛾は、一時冷蔵すると(50゚F、5時間)産卵するものが多いが、不受精卵が多く、再交尾させると不産卵蛾の約半数は受精卵を産み、少数産卵蛾は殆ど正常に近い産卵をすると云われている(264)ことは、これらが交尾の完全でなかった場合に多いことを示している。
三谷・渡会(545)は不産卵蛾の解剖調査を行ない、種々な生殖器異常を記載している。
d 産卵順序および産卵状態と蚕種の性状
1蛾の卵のうちで初めに産み出される卵は大きく、後のものほど小さいが、卵の大小と共にその性状に相違があり、晩産卵から孵化した次代蚕は飼育成績の劣る場合のあることについては既に述べた(U2Ac)。これは実際問題に関係しているために、縷々試験が繰返えされているが、多くは、第1日目の産卵に比べて第2日目の産卵の飼育成績が劣ると云う結果で(629,693,895,968)、差がなかったと云う報告(738)は少ない。その影響の程度が種々な条件によって異なることは既に述べた通りである。
産卵速度のはやいものほど浸酸による孵化歩合が高い(381)と云われるのは、産卵が速いほど卵令の揃った卵が得られるためであろう。
受精率6.7%または7.6%と云うような高度不受精卵蛾区の受精卵でも、これだけを取出してみれば、孵化歩合にも飼育成績にも正常産卵蛾区の卵と違いがない(1000,1001)。
田中(1034)は、健康で若く性的に旺盛な雄蛾を交配すると雌卵を多く産み、また普通は雌卵と雄卵とが交互に産み出されるのであるが、雌卵が多くなるためにこの順位が乱れると云い、蚕の性染色体がZW型であることと関係があるように述べているが、蚕においては、交配する雄蛾によって卵の雌雄がきまるとは考えられない。
B 産み着け場所
a 産み着け面の角度
水平な面よりも、ある角度で傾斜した面に産み着けさせる方が産卵数が多いと云う結果と、これを追試したが水平産卵より勝ることはなかった(却って僅かながら少ない)と云う成績(706)とがあったが、藤本(98)は再びこの問題を取上げ、斜面に産卵させると、産卵の数は増加しないが、速度の早まることを報告した。
最も有効で個体変異の小さかった傾斜角度は、1蛾別産卵においては30°または40°であったが、40×30cm2の枠内に60蛾を入れた雑居産卵においては10°−40°が最もよく、その範囲内では差がなかった。斜面産卵の効果を、産卵数歩合が一定値に達するまでの時間の長短によって比較すると第85表の通りであるが、割愛後20時間内の産卵数および産卵数歩合を角度別に比較すると、第86表のように、産卵総数には殆ど違いがない。
産卵数歩合 (%) |
割愛後産卵数歩合が一定値に達するまでの時間(時間) | |
水平(0°) | 斜面(30°) | |
20 50 80 |
5−6 6−7 10−11 |
4−5 6−7 8−9 |
傾斜角度(°) | 産卵数(粒) | 体内残留卵数(粒) | 産卵数歩合(%) |
0 10 20 30 40 50 |
546 553 557 565 556 542 |
130 121 121 119 122 132 |
80 82 82 82 82 80 |
1蛾別産卵の成績によると、48時間の産卵では各区の産卵数歩合が更に接近する。傾斜角度が10°のときには上方へ移動する蛾が多く、50°では下方への移動が多く、30°では上下にほぼ同様な動きをするため、角度によって台紙面における餓の分布状態が異なると云う。
藤本は、斜面産卵によって産卵数歩合の高まるのは、蛾の産卵運動が促進されて産卵開始時刻が早まり、産卵速度もはやくなり、総べての蛾が揃ってよく産卵するためであろうと考えており、1蛾別と雑居とで、上記のように、幾分違いのあるのは個体相互の接触などの影響が加わるためであろうと云う。
藤本の結果において傾斜角度が40°以上になると効果の減少していることから考えると、最初に三谷が有効であるとしたのは約30°の斜面であり、岡村の追試は45°の斜面で行なわれているから、相反した成績の出たのは角度の相違によるものかも知れない。しかし、その効果が以前に考えられたような産卵数の増加ではなく、産卵の促進に過ぎないものとすると、午後6時から翌朝6時までの総産卵数をかぞえて結果を比較した岡村の方法では効果が検出できなかったとも考えられる。斜面産卵を採用しようとする場合には、この点をよく考えておく必要がある。
十万・片岡(299)も斜面産卵の効果を認めているが、最も有効な角度は20°で、30°がこれに次ぎ、40°では水平と大差がなく、40°では品種による差が大きかったと云い、藤本の結果と幾分違いがある。
大形の寒冷紗を懸垂してその面に産卵させる懸垂採種も以前に行なわれたことがあるが、岡村(706)の結果では、水平および斜面(45°)よりも産卵数が少なかった。しかし、その差は大きくない。
b 産み着け面の性質
産付け材料 | 1蛾当り産卵数 | 除外蛾 | |||||
調査蛾数 | 第1日目 | 第2日目 | 第3日目 | 合計 | 不受精卵 | 産卵数 300粒未満 |
|
普通台紙 糊引台紙 パラフィン紙 硫 酸 紙 寒 冷 紗 硝 子 糊引硝子 |
蛾 102 106 103 102 101 96 102 |
粒 561 531 524 535 563 478 467 |
粒 65 57 80 57 46 96 81 |
粒 5 9 15 5 6 5 5 |
粒 631 597 619 597 615 579 553 |
蛾 2 1 1 4 4 4 4 |
蛾 8 5 8 6 7 12 6 |
バラ種用の産み着け材料としては、多くの種類のものが試験されている。岡村(704)は、第87表の結果から、硝子および糊引硝子面には産卵数が少なく、除外蛾数の多いことに注目しながらも、試験区の差か否かは判定し難いとしている。しかし、牛込・服部(1128)の成績によっても、体内残留卵数(10時から15時まで交尾、翌朝8時まで産卵)の少ないものはセルロイド(10%)、晒木綿(10.8%)、寒冷紗膠付台紙*(11.5%)、渋紙(12.0%)、寒冷紗糊付台紙*(12.0%)、残留卵数の多いものが磨硝子(56.6%)、硝子(34.9%)であることからみて、蛾の脚が滑り気味の材料においては産卵がおくれ、産卵数も少ないことがわかる。 しかし、牛込らの成績において、硝子に次いで残留卵の多かったのがガーゼ(29.9%)、パラフィン塗布木板(24.9%)、フランネル(20.6%)であったことは、フランネルやガーゼのように毛羽立ったものも亦産み着け材料として不適当なことを示している。これらの材料においては、蛾の脚は滑らないが、毛羽のために動きにくいか、または卵を固着させにくいのであろう。(*註:台紙と云うのはおかしいが原著に従う)
水溶性の材料に産卵させておけば、卵の洗落しを機械化することができるのではないかと考えて、PVA(ポリビニールアルコール)フィルムを用いて試験を行なった際(873)の観察によると、15cm2ぐらいの大きさのフィルムを拡げただけで固定せず、その上で雑居産卵を行なわせた処、蛾の脚とフィルムとの付着の関係によるものと思われるが、蛾が体を廻しながら産卵するに連れてフィルムに渦巻き状の皺が生じ、その面に盛り上げたように累積卵を産んだ。産卵数も少なかった(未発表)。普通の場合の産卵を観察すると、尾端で1粒々々場所を探ぐって、前に産んだ卵の上には産み着けないようにするらしい行動を示すから、卵面と他の物体とを触知する覚感があるように思われるが、この結果からみると、次ぎ次ぎに産み出されてくる卵を固着させる尾端の動作と体の動きとのバランスがとれない場合にも累積卵を産むことが多いように考えられる。
また、このフィルムは蛾尿によっても溶けるために試験は失敗したのであるが、死ぬまでフィルム上で産卵を続けさせておくと、最後には尾端をフィルム面に粘着させたままになってしまう蛾が多かった。1粒産んでは尾端と体とを動かす動作が粘着のために制限される結果であろうと思われる。
これらの結果から、卵が固着し易く、蛾の動作の円滑に行なわれる産み着け面の望ましいことがわかる。バラ種用台紙に糊を塗り直して再製使用する場合があるが、産卵能率を上げるためには、これらの結果からみて、台紙の皺をよく伸ばし、蛾が円滑に動けるような面を作る必要がある。再製した台紙を使うと産卵が少ないと云うことは実際に耳にする処である。
c バラ種台紙用糊料
卵の洗落しを容易にするために台紙面に塗布する材料には、可溶性澱粉、生麩、ふのり、デキストリンその他種々なものが使用されてきたが(705)、最近ではCMC(Sodium carboxymethyl cellulose)糊が多く用いられる(638,639,874)。ポリビニールアルコールも使用することができるが、現在のところ、溶解性の点からCMCの方が使い易いように思われる(873)。しかし、これらの化学製品は従来の天然材料と違い、次ぎ次ぎと新らしいものが作られるから、これがよいときめることはむずかしい。また一口にCMCと云っても、種々な粘度のものがあって、使い易すさがそれぞれに違い、洗落しの難易も相違するから注意しなければならない。
天然糊料を使用していた当時は、黴の生えない糊が要望され、防黴剤を加えることも考えられたが、人工糊料を使うようになって、この問題は自然に解消した。しかし、これらの人工糊料は、それ白身は黴の栄養源にならないが、防黴力はないから、蛾尿や死蛾の体液などの付着している部分には黴が生える。
洗落したあとで卵同志の固着し合わない糊料の要望もあったが、卵同志の固着は大部分が卵自身の膠着物によるもので、台紙の糊が卵面に残っていて、それによって付着し合うことは殆どない。
累積(重積)卵は、台紙から洗落しても卵同志は容易に分離せず、相互固着卵として残ることが多い。しかし、あらかじめ累積卵を除去しておいても、洗落すと固着卵ができる。台紙と卵とは糊の層で隔てられているから、糊を水で溶かせば卵は離脱するが、卵殻面の膠着物は水で柔かくはなっても卵殻面に残っており、卵同志がこれによって付着し、乾かすと固まって、相互固着卵になるのである。
累積卵を除去して後に洗落した卵の相互固着卵50個をとって、どの面で付着し合っているかを調べたところ、
a 元来膠着物の付いていた面相互の付着 44
b 元来膠着物の付いていた面と付いていなかった面との付着 6
c 元来膠着物の付いていなかった面相互の付着 0
であった(873)。もし膠着物と関係なく付着し合うのであればbが最も多くなければならない。
膠着物による卵相互の固着を防ぐためにはホルマリンに浸漬して、付着し合うより前に膠着物を凝固させ、付着力をなくすることも行なわれているが、最もよいのは膠着物を除去することで、これには、洗落し後にクライト液に浸漬するのが最も簡単である(]1C)。
CMC糊と従来の澱粉糊などとの洗落し上での著しい相違点は、澱粉糊の場合には、水に浸すと糊が膨潤し、卵は個々に台紙から離れ易くなり、洗落した後の紙面には糊の残っていることが多いのに対し、CMC糊の場合には、糊の層が膨潤すると、これが紙面からずるりと剥れたような形で卵を乗せて離れてくる傾向のあることである。糊の層が薄いと溶解するのでよくわからないが、糊を厚く塗って試験すると、膨れた糊層が寒天状になり、その面に胡麻をまいたように卵が付着して剥れてくるのがみられる。従って、糊の層が厚いほど卵はいたまないが、卵と糊との混合物ができて厄介である。これは従来の糊ではみられない特徴の一つである。
このような訳で、糊層の厚過ぎるのはよくないが、薄いと卵が糊層を通して紙面へ固着するので、落ちにくい。紙面への卵の固着は、洗落したあとの台紙を1%ぐらいのエオシン液に浸すと、固着の強かった部分には膠着物が残っていて、点々と赤く染まってみえるから、糊の厚さをきめる参考になる。
天然糊料は産地やマークが相違しても使用上の性質が全然違うようなことはないが、人工糊料の場合には、名前は同じCMCでも、粘度が違えば性質が著しく異なるから、購入に当っては、製造所、商品番号あるいは粘度などを正確に指定する必要がある。