知的貢献

幼若ホルモンによる変態抑制遺伝子の発現誘導機構の解明とその利用


[要約]
カイコ培養細胞を用いて、幼若ホルモン(JH)による昆虫変態抑制遺伝子Krüppel homolog 1Kr-h1 )の発現誘導機構を明らかにした。JHが存在すると、JH受容体Metがステロイド受容体活性化補助因子SRCと複合体を形成し、Kr-h1 遺伝子上流のJH応答配列(JHRE)に結合することで転写を誘導する。本システムを利用してJH アゴニスト・アンタゴニストのスクリーニングが可能である。
生物研昆虫科学研究領域昆虫成長制御研究ユニット、
農業先端ゲノム研究センター昆虫ゲノム研究ユニット
[連絡先]029-838-6075
[キーワード]幼若ホルモン、Krüppel homolog 1、変態、カイコ、昆虫成長制御剤

[背景・ねらい]
幼若ホルモン(JH)は昆虫の脱皮・変態・生殖等を制御する昆虫特異的なホルモンで、昆虫のグループによってその構造に差がある。そのため、選択性の高い殺虫剤開発の標的として注目されているが、その作用機構には不明な点が多い。本研究では、JH の分子作用機構を明らかにし、JH 活性を持つ物質(JH アゴニスト)やJH 活性を抑える物質(JH アンタゴニスト)のスクリーニング系を開発するために、カイコ培養細胞を用いて、JH によって誘導され変態を抑制する遺伝子Krüppel homolog 1Kr-h1 )の転写調節機構の解析を行った。
[成果の内容・特徴]
  1. カイコのKr-h1 をクローニングし、カイコ個体およびカイコの培養細胞において、JHによってKr-h1 の発現が誘導されることを明らかにした。また、カイコから2種類のJH受容体遺伝子Met 、およびそのパートナー分子であるステロイド受容体活性化補助因子遺伝子SRC をクローニングした。
  2. カイコ培養細胞を用いたレポーターアッセイによって、カイコのKr-h1 の上流域から、JH応答に必須のDNA配列(JH応答配列;JHRE)を特定した(図1)
  3. ヒト培養細胞を用いた解析により、MetがJHを受容すると、SRCと複合体を形成してJHREに結合することで、Kr-h1 の転写を活性化することを明らかにした(図2)。
  4. ショウジョウバエ、ミツバチ、甲虫(コクヌストモドキ)、アブラムシなど、ゲノム情報がわかっているすべての昆虫種にMet とSRC が存在し、またKr-h1 の上流にはカイコJHRE と類似の配列が存在した。このことから、JH 応答配列とMet/SRC タンパク質複合体を介した、JHによるKr-h1 の誘導機構は、昆虫に共通なメカニズムであると考えられる。
  5. カイコ培養細胞とJHREを利用して、JHアゴニストおよびJH アンタゴニストの効率的なスクリーニングシステムを開発した(図3)。本スクリーニング系を利用してチョウ目害虫に対する新規な昆虫制御剤の探索が可能となる。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 今後、トビイロウンカ等の重要害虫で、Kr-h1 のJH応答配列やMet SRC をクローニングすることにより、これらを利用した害虫種選択的なJH アゴニスト・アンタゴニストの効率的スクリーニング系の確立、及びスクリーニング系を用いた選択性の高い殺虫剤の開発が期待される。

[具体的データ]
図1 カイコKr-h1 の幼若ホルモン応答配列 Kr-h1 の応答配列(141bp)は、転写開始点(+1から約2kb上流に位置し、bHLH型転写因子が結合するE-box配列(CACGTG)を有する。 図2 Kr-h1 の転写誘導メカニズム    ①MetがJHと結合、②MetとSRCが複合体を形成、③JH/Met/SRC複合体がJH応答配列に結合、④Kr-h1 が発現、⑤Kr-h1 が幼虫から蛹への変態を抑制
図1 カイコKr-h1 の幼若ホルモン応答配列
Kr-h1 の応答配列(141bp)は、転写開始点(+1から約2kb上流に位置し、bHLH型転写因子が結合するE-box配列(CACGTG)を有する。
図2 Kr-h1 の転写誘導メカニズム
①MetがJHと結合、②MetとSRCが複合体を形成、③JH/Met/SRC複合体がJH応答配列に結合、④Kr-h1 が発現、⑤Kr-h1 が幼虫から蛹への変態を抑制



図3 カイコ培養細胞とJHREを利用したスクリーニングシステム JH応答配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子をつないだレポータープラスミドをカイコ培養細胞に導入し、候補化合物を単独で処理(左)、または候補化合物とJHを同時に処理(右)し、レポーター活性を測定することで、JHアゴニストおよびJHアンタゴニストを効率的に探索できる。
図3 カイコ培養細胞とJHREを利用したスクリーニングシステム
JH応答配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子をつないだレポータープラスミドをカイコ培養細胞に導入し、候補化合物を単独で処理(左)、または候補化合物とJHを同時に処理(右)し、レポーター活性を測定することで、JHアゴニストおよびJHアンタゴニストを効率的に探索できる。
[その他]
研究課題名昆虫制御剤標的遺伝子の探索と利用技術の開発
予算区分生研センター、交付金
中期計画課題コード2-12
研究期間2007〜2012年度
研究担当者粥川琢巳、水口智江可、並木俊樹、外川徹、芳山三千代、神村学、三田和英、 今西重雄、木内信、石川幸男(東大)、篠田徹郎
発表論文等1) Kayukawa T, Minakuchi C, Namiki T, Togawa T, Yoshiyama M, Kamimura M, Mita K, Imanishi S, Kiuchi M, Ishikawa Y, Shinoda T (2012) Transcriptional regulation of juvenile hormone-mediated induction of Krüppel homolog 1, a repressor of insect metamorphosis Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 109(29): 11729-11734
2) 篠田徹郎、水口智江可、神村学、今西重雄「幼若ホルモン応答エレメント」特開2009-297021
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