「コシヒカリ」の全ゲノム塩基配列解読


[要約]
日本で最も重要なイネ品種「コシヒカリ」の全ゲノム塩基配列を解読し、「日本晴」塩基配列との比較により、67,051か所の一塩基多型(SNP)を検出した。この情報を用いて品種改良の歴史において重要な151品種の1,907か所のSNPを調査し、コシヒカリゲノムの起源を明らかにした。

農業生物資源研究所・QTL ゲノム育種研究センター

[連 絡 先]029-838-7135 [分   類]技術開発 [キーワード]イネ、コシヒカリ、一塩基多型(SNP)、育種、超高速シーケンサー


[背景・ねらい]

コシヒカリは育成から半世紀以上経過した品種であるが、30年に亘って日本一の栽培面積と生産量を維持している。また、コシヒカリは祖先をたどれば銀坊主、朝日、愛国、亀ノ尾といった日本のイネのルーツとされる在来品種に遡る。すなわち、コシヒカリには日本のイネに必要な特性に関する遺伝子(ゲノム)が多数存在し、それが水稲育種選抜の中で受け継がれていると考えられる。このようなゲノムの正体を明らかにするために、コシヒカリの塩基配列情報を解読し、他の近縁な栽培イネ品種との違いやコシヒカリに特徴的なゲノム領域の育種系譜における伝達を調査した。

[成果の内容・特徴]
  1. 超高速シーケンサーを用いて塩基配列を解読し、重複を含む合計59億塩基対のコシヒカリ塩基配列を明らかにした。この配列をイネゲノム解読国際コンソーシアムが解読した日本晴の塩基配列3億8千万塩基対と照合することによって、イネの全ゲノム塩基配列の約80%にあたる3億600万塩基対のコシヒカリゲノム塩基配列を決定した。残りの約20%は繰り返し配列や遺伝子の重複・欠失など染色体の構造が日本晴と大きく異なる領域であった。
  2. 日本晴とコシヒカリの塩基配列の間には67,051個の一塩基多型SNP が存在した(図1)。これらのうち3,352個は機能をもった遺伝子(1,077個)の内部に見出され、この2品種が持つ特徴の違いとの関連が示唆された。
  3. 67,051個のSNP の中からゲノムに均一に分散した1,917個を選び、塩基の違いを識別するSNP タイピングアレイを作成した。品種改良の歴史において重要な151 品種について、このアレイを用いて違いを調査し、在来品種からコシヒカリが受け継いだゲノム領域の一部を明らかにした。
  4. ひとめぼれ、あきたこまち、ヒノヒカリの3品種に伝達されたコシヒカリゲノム領域を抽出した結果、あきたこまちとひとめぼれはゲノムの80%を、ヒノヒカリは60%をコシヒカリと共有していることが明らかとなった。これら4品種(日本の栽培面積と生産量の65%を占める)が共通に保有し、在来品種から受け継がれているゲノム領域が18か所見出された(図2)。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 日本晴の全ゲノム塩基配列との比較により同定した多数のSNPは、日本のイネ品種間の遺伝解析におけるDNA マーカーに利用できる。おいしさなどの微細な差に関係する遺伝子の単離が期待できると同時に、植物品種保護やトレーサビリティーの高精度化に貢献する。
  2. SNP情報をもとに開発されるタイピングアレイを用いることで、戻し交配期間の短縮や遺伝背景の選抜などのゲノム全体を対象にしたDNAマーカー選抜が容易になる。
  3. 日本の主要なイネ品種のゲノム遺伝子型が明らかとなり、それらが持つ農業特性との連関解析が可能となり、品種改良に用いる母本の価値や改良効果の推定が可能になる。

[具体的データ]

図1.コシヒカリと日本晴の間に見出された一塩基多型(SNP)の分布   縦棒は染色体を示し、染色体名の下の括弧内の数字は検出されたSNPの数を示す。青色の横棒はそれぞれの領域において検出されたSNPの数を対数値で表す。オレンジで塗られた領域にはSNPがなく、コシヒカリと日本晴が非常に似た配列であることを示唆している。
図1.コシヒカリと日本晴の間に見出された一塩基多型(SNP)の分布
縦棒は染色体を示し、染色体名の下の括弧内の数字は検出されたSNPの数を示す。青色の横棒はそれぞれの領域において検出されたSNPの数を対数値で表す。オレンジで塗られた領域にはSNPがなく、コシヒカリと日本晴が非常に似た配列であることを示唆している。

図2.3種の良食味品種に受け継がれたコシヒカリのゲノム領域、および共通に保有する在来品種由来のゲノム領域   各品種名の下の黒い横棒はコシヒカリのゲノムと共通な領域を示す。ひとめぼれやあきたこまちでは約80%、ヒノヒカリでは約60%のゲノムがコシヒカリと共通であった。コシヒカリ、ひとめぼれ、ヒノヒカリ及びあきたこまちの4品種(合わせて日本の栽培面積と生産量の65%を占める)に共通な配列について、一番下の横棒内にルーツとなった在来品種ごとに塗り分けた色で示す。
図2.3種の良食味品種に受け継がれたコシヒカリのゲノム領域、および共通に保有する在来品種由来のゲノム領域
各品種名の下の黒い横棒はコシヒカリのゲノムと共通な領域を示す。ひとめぼれやあきたこまちでは約80%、ヒノヒカリでは約60%のゲノムがコシヒカリと共通であった。コシヒカリ、ひとめぼれ、ヒノヒカリ及びあきたこまちの4品種(合わせて日本の栽培面積と生産量の65%を占める)に共通な配列について、一番下の横棒内にルーツとなった在来品種ごとに塗り分けた色で示す。

[その他]

研究課題名    :イネ自然変異利用のためのSNP検出とアソシエーション解析基盤の整備/           表現型データベース・育種支援ツールの整備 予算区分     :農水受託「新農業展開ゲノム」、交付金 中期計画課題コード:A01 研究期間     :2008〜2010年度 研究担当者    :山本敏央、長崎英樹、米丸淳一、江花薫子、中嶋舞子、柴谷多恵子、矢野昌裕 発表論文等    :
1) Yamamoto T, Nagasaki H, Yonemaru J, Ebana K, Nakajima M, Shibaya T, Yano M (2010) Fine
  definition of the pedigree haplotypes of closely related rice cultivars by means of genome-wide discovery of single-nucleotide polymorphisms. BMC Genomics 11:267

目次へ戻る