ブタT細胞抗原受容体α/δ鎖遺伝子J分節付近のゲノム構造解明


[要約]
  ブタT細胞抗原受容体α/δ鎖遺伝子C領域及びJ分節を含むゲノム上の領域131.2kbを決定し、その種間での高度な保存性について明らかにした。
農業生物資源研究所・ゲノム研究グループ・家畜ゲノム研究チーム

[連 絡 先]029−838−8627
[分    類]知的貢献
[キーワード]ブタ、T細胞抗原受容体(TCR)、ゲノム構造、免疫遺伝


[背景・ねらい]
  近年の移植医療、再生医療に関連して、また大型の実験モデル動物としてブタの有用性が着目されている。また家畜あるいは人獣に共通な伝染性疾患の対応に際しても、家畜の免疫系分子の詳細な解析が必要となっている。近年の解析により、偶蹄目家畜の免疫細胞における分子の発現や機能にはヒトやマウスと異なる部分が多いことが示唆されている。本研究は種々の抗原にフレキシブルに対応する獲得免疫系において重要なT細胞受容体(TCR)遺伝子のゲノム構造等について明らかにするために行われた。生殖細胞系列(リンパ球以外の組換えの起こっていないゲノムの状態)におけるT細胞抗原受容体遺伝子は多数のV分節、(分子種によってはD分節)及びJ分節、さらに1個ないし数個のC領域の3つないし4つの領域から構成され、T細胞への分化においてこれらV(D)Jの各構成要素がゲノム上で組換えにより結合する際にV(D)Jの各要素が選択されて抗原受容体の多様性、すなわち様々な抗原に結合する能力を獲得する。本研究においてはTCR遺伝子のうち、α/δ鎖遺伝子のC領域及びJ分節を含むゲノム構造を解明することを目的とした。

[成果の内容・特徴]
  1. ブタT細胞抗原受容体α/β/γ/δ鎖遺伝子の内、同一ゲノム領域上にコードされ組換えによって発現する遺伝子が決定されるα/δ座位(TRA/TRD)の、C領域(膜貫通部分を含む)とJ分節を含むブタゲノム領域131.2kbの全塩基配列の決定と構造の解明を行った。この領域上には、α鎖については偽遺伝子を含む62個のJ分節(TRAJ)と1個のC領域(TRAC)、δ鎖については4個のJ分節(TRDJ)と1個のC領域(TRDC)が存在した。さらにヒト、マウスで知られる転写方向と逆向きでゲノム上に存在するV分節(TRDV3)がTRDCとTRAJの間に1個確認された。またSINE(PRE-1)、LINE配列等の繰り返し配列の挿入が、特にTRAJ分節をコードする領域において抑制されており、進化の過程において、抗原応答の低下につながるTRAJ付近のゲノム構造の変化を抑制する方向に選択圧が強くかかっている可能性を示唆した(図1)。
  2. この領域はヒトの該当領域との間で高度に構造が保存されていた(図2)。また、これまでヒトではα鎖J分節は61個とされており、ブタとの相同性によりヒトにおいても新たに1個のJ分節偽遺伝子を確認できた。これらのα鎖及びδ鎖J分節は、同種間での互いの相同性よりも、同様の位置に存在する分節の異種間での相同性の方が高く、この面でも哺乳動物間での高度な保存性が示された(図3)。

図1

図2

図3
[成果の波及効果・今後の展望]
  1. 細胞性の獲得免疫における最も重要な細胞種であると考えられるαβT細胞で、抗原認識部位を構成するJ分節の完全な構造が明らかになることで、T細胞の分化及び抗原に対する反応性の品種・系統間での差異の検討が可能となる。また本研究は偶蹄目における初めてのTCR遺伝子のゲノム構造の詳細な解析であり、末梢血中のγδT細胞/αβT細胞の割合がヒトやマウスと比較して極めて高いことを特徴とする偶蹄目のT細胞免疫系の解析についての重要な基本的知見となる。
  2. 今後、ブタのTCR遺伝子α鎖及びδ鎖のV分節を含むゲノム領域を明らかにすることで、ブタにおける病原体に対する反応性の解析等への応用が可能となる。また、ブタを含む偶蹄目におけるTCR分子の多様性産生機構やT細胞機能の解析への応用も期待できる。

[その他]

研究課題名    :ブタ免疫担当細胞発現遺伝子のゲノム構造の解析
予算区分      :交付金
中期計画課題コード:A1312
研究期間      :01〜03年度
研究担当者    :上西博英
発表論文等    :1)Uenishi H, Hiraiwa H, Sawazaki T, Kiuchi S, Yasue H (2001) Cytogenet.
             Cell Genet. 93:65-72
            2)Yamamoto R, Muneta Y, Hiraiwa H, Kiuchi S, Yasue H, Takagaki Y, Awata
             T, Uenishi H (2002) Cytogenet. Genome Res. 97:276
            3)Uenishi H, Yamamoto R, Eguchi T, Yasue H, Takagaki Y, Awata T (2002)
             XXVIII International Conference of Animal Genetics, p48 Goettingen,            Germany

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