傷シグナル伝達に関与するMAPキナーゼ


[要約]
 傷害によりそのmRNAが1分以内に増加するMAPキナーゼを単離した。この遺伝子を導入した組換えタバコを用いて、本遺伝子が“傷−ジャスモン酸−傷応答性遺伝子群の発現”という傷シグナル伝達経路の根幹で働いている可能性を示した。
農業生物資源研究所・分子育種部・抵抗性遺伝子研究室
[連絡先]0298-38-7440
[部会名]生物資源
[専門] バイテク
[対象] たばこ
[分類] 研究

[背景・ねらい]
 植物の病害抵抗性反応として、病原体の全身的蔓延を防ぐため、侵入した病原体もろとも感染細胞が自爆死する機構がよく知られている。この反応の結果、病斑ができる。この、病斑形成の機構を解析することは、植物の典型的な病害抵抗性機構を理解することにつながる。この研究は、植物が本来持っている病害抵抗性機構をそのまま、またはそれを増強した形で利用することにより、より有用な病虫害抵抗性植物を作出したり、より環境にやさしい農薬を開発することに役立つもので、実用面でも重要だと考えられる。本成果は、病斑形成の過程の初期に働く遺伝子を単離し、その特性を解析するなかで得られたものである。

[成果の内容・特徴]

  1. タバコモザイクウイルスに感染すると、サムスンNNタバコに壊死病斑ができる。この病斑形成の初期過程で発現する遺伝子を多数単離した。構造解析の結果、MAPキナーゼと高い相同性を有する遺伝子が含まれていたので、その特性を調べたところ、葉に傷をつけると1分以内にそのmRNAが誘導されてきた。ある刺激に対してこのような早い応答をする遺伝子は、動・植物を通して今までに知られていない。この遺伝子をWIPK(Wound‐Induced Protein Kinase)遺伝子と名付けた。
  2. 本遺伝子の機能を調べるため、これを過剰発現する組換えタバコを作った。この植物中では、導入遺伝子由来のmRNAは多量に検出されたが、内在性の遺伝子は傷によって迅速な発現誘導が起こる筈なのに、それが全く起こらなくなっていた。また、この遺伝子の翻訳産物と考えられるキナーゼ活性は、野生タバコ中では傷で一過的に上がるが、この組換え体中では、全く変動せす、常時低い活性が検出された。この事実は、この組換え体中では、傷によるWIPK遺伝子の正常な発現が阻害されていることを示している。
  3. この組換え体では、傷によって誘導されるはずのジャスモン酸(JA)が全く生成せず、傷によって誘導される筈のないサリチル酸(SA)が誘導されてきた。また、JAやSAなどのシグナル物質によって誘導される遺伝子の傷による誘導も通常の逆の様相を示した。
  4. これらの結果は、WIPK遺伝子が傷シグナル物質であるJAの生成を正に制御し、植物の抵抗性反応のシグナル物質であるSAの生成を負に制御している可能性を示唆している。
  5. この組換えタバコでは、傷によりSAが誘導されるが、実際にウイルス抵抗性が示された。
    (図1)
    (図2)

[成果の活用・留意点]
 植物における傷応答は、動物における痛み、発熱といった炎症応答と良く似た機構で起こることが知られている。WIPKは傷シグナル伝達の根幹で働くキナーゼと考えられるが、動物では末だにこれと相同の遺伝子は報告されていない。本成果が、動物での相同遺伝子単離を通して、抗炎症薬の開発等に役立つことも期待される。

[その他特記事項]
研究課題名:1)植物の病害抵抗性遺伝子に関する研究 2)植物のアポトーシス応答遺伝子の単離及び機能解析
予算区分 :1)経常 2)大型別枠(バイテク育種)
研究期間 :1)平成7年度(平成2−10年) 2)平成7年度(平成7−9年)
発表論文等:1)S.Seo, M.Okamoto, H.Seto, K.Ishizuka, H.Sano, Y.Ohashi, Science,270, 1988-1992(1995)
           2)大橋祐子,瀬尾茂美 傷誘導性MAPキナーゼとその遺伝子,特許出願 平7-220935
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