プレスリリース |
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平成14年8月23日 独立行政法人 農業技術研究機構 中央農業総合研究センター 独立行政法人 農業生物資源研究所 クミアイ化学工業株式会社 |
【要約】
中央農業総合研究センター、農業生物資源研究所およびクミアイ化学工業株式会社は共同で、イネ由来の遺伝子を用いて、遺伝子組換え植物を選抜する新しい技術を開発した。この技術は、従来の抗生物質耐性遺伝子を用いた選抜技術に代わりうるものであり、実用化に際して制約の多い外国企業の特許技術に代わる手法として今後の普及が期待される。
【背景とねらい:現行選抜技術の問題点】
実用化を目的とした植物の遺伝子組換え研究では、導入する遺伝子や組換え体の作出に使用する技術について、環境への安全性や消費者の安心感に対する配慮が必要とされる。これまでの遺伝子組換え研究では遺伝子組換え体の選抜に用いる選択マーカー遺伝子として、カナマイシン等の抗生物質に対する耐性遺伝子が用いられてきた。しかしながら、このような抗生物質耐性遺伝子はバクテリアに由来するものが多く、環境への拡散や、作出された組換え体の食品素材としての安全性に対する消費者の懸念もあり、組換え体の受容と普及に当たっての障害になってきている。こうした組換え体の安全性に対する社会的な動きを受けて、消費者により受け入れられやすい、安全性に十分に配慮した組換え体の選抜技術の開発が望まれてきた。
また、これらの遺伝子は主として欧米の企業で開発されており、その商業利用が特許によって厳しく制限されているため、実用的な遺伝子組換え植物の開発に当たっての障害となる可能性がある。そのため、先行特許に抵触しない新しい選抜方法の開発が必要とされてきた。
【アセト乳酸合成酵素遺伝子を用いた遺伝子組換え植物の選抜法】
上記の3研究機関は共同で、実用的な組換えイネを開発するための基盤技術の一つとして、イネ由来の突然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子を選抜マーカーとして利用する新しい遺伝子組換え植物の選抜法を開発した。アセト乳酸合成酵素はイネ自体が持っているアミノ酸合成に関係する酵素であり、クミアイ化学工業株式会社が開発した除草剤「ビスピリバックナトリウム塩、商品名:ノミニー、グラスショート」の標的酵素である。通常のアセト乳酸合成酵素はこの除草剤によって活性が阻害されるが、農業生物資源研究所とクミアイ化学工業株式会社は共同で、この除草剤の影響を受けない突然変異遺伝子を選抜した。中央農業総合研究センターは、この突然変異遺伝子および、同所が開発したカルスでのみ遺伝子を働かせるプロモーターを用い、選抜マーカーとして利用する方法を確立した。開発したベクターを農業生物資源研究所が開発した「超迅速形質転換法」によってイネ種子に導入して遺伝子を発現させ、ビスピリバックナトリウム塩で生存細胞を選抜し、分化した植物体を生育させることによって、効率良く組換え体を作出することができる。
これまでは遺伝子組換えの目的遺伝子と、それを発現させるためのプロモーターおよび選抜のための抗生物質耐性遺伝子を導入したベクター(遺伝子の運び屋)を用いて遺伝子組換え植物を作成してきたが、本技術では抗生物質耐性遺伝子を突然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子に置き換えることで同様に遺伝子組換え植物を得ることができる。
この成果の主要な部分は8月26,27日に帯広市で開催される日本育種学会秋季大会で報告される。
【成果の意義】
今回、開発した新規選抜マーカー遺伝子は組換えイネ作出のための基盤技術として従来から用いられてきた抗生物質耐性選抜マーカー遺伝子に代えて利用しうるものであり、ほぼ同等の効率で組換え体を選抜することが可能である。この技術はイネ由来の遺伝子を用いたものであることと、可食部である米粒では選抜マーカー遺伝子の発現が抑制されることから、消費者の安心感の醸成に役立つと考えられる。今後の実用組換えイネ開発の過程で幅広く使用できる。
この選抜方法はイネだけでなく「ビスピリバックナトリウム塩」に耐性の無いほとんどの植物で利用可能であると考えられる。農業生物資源研究所で開発した遺伝子導入方法と本方法を活用することによって、海外企業等の特許に制約されず、消費者からも受け入れられやすい実用的な遺伝子組換え植物が作出できるようになると考えられる。
参考資料1 |
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本研究成果は、突然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子、カルス特異的プロモーター 超迅速形質転換法の、各要素技術を総合化することにより達成されたものである。 |
1.突然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子の単離 →農業生物資源研究所・クミアイ化学工業株式会社
2.カルス特異的プロモーターの開発
3.超迅速形質転換法
4.ベクターの構築、培養・選抜条件の検討 |
参考資料2 |
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実験の概要
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参考資料3 |
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ビスピリバックナトリウム塩による形質転換細胞の選抜 |
可視光 | 蛍 光 |
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参考資料4 |
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形質転換体でのGFP蛍光の確認 |
野生型 | 形質転換体 | |
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可視光 | ||
蛍 光 |
参考資料5 |
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導入遺伝子の次世代への遺伝:T1種子のGFP蛍光 |
形質転換体 | 野生型 | |
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可視光 | ||
蛍 光 |
研究代表者: | 農業技術研究機構 副理事長 | 稲葉忠興 |
農業生物資源研究所 理事 | 中島皐介 | |
クミアイ化学工業株式会社 代表取締役社長 | 望月信彦 | |
研究責任者: | 中央農業総合研究センター 北陸地域基盤研究部長 | 黒田 秧 |
農業生物資源研究所 生理機能研究グループ長 | 宮下清貴 | |
農業生物資源研究所 新生物創出研究グループ長 | 岡 成美 | |
クミアイ化学工業株式会社 取締役研究開発部長 | 中村完治 | |
研究担当者: | 中央農業総合研究センター 北陸地域基盤研究部 稲育種工学研究室長 | 大島正弘 |
電話:025-526-3238 | ||
農業生物資源研究所 生理機能研究グループ 耐病性研究チーム長 | 田中喜之 | |
電話:0298-38-8376 | ||
農業生物資源研究所 新生物創出研究グループ 新作物素材開発研究チーム長 | 田中宥司 | |
電話:0298-38-8371 | ||
クミアイ化学工業株式会社 研究開発部 企画課 | 井沢典彦 | |
電話:03-3822-5165 | ||
研究広報担当者: | 中央農業総合研究センター 情報資料課長 | 七木田静代 |
電話:0298-38-8979 | ||
中央農業総合研究センター 情報資料室長 | 高橋久三郎 | |
電話:025-526-3215 | ||
農業生物資源研究所 広報普及課長 | 下川幸一 | |
電話:0298-38-7004 |
【補足説明】
アセト乳酸合成酵素と2点変異型酵素
アセト乳酸合成酵素はイソロイシン、バリン、ロイシン合成系の酵素であり、植物に広く存在する。除草剤ビスピリバックナトリウム塩(商品名:ノミニー、グラスショート)はこの酵素の活性を阻害することによって除草効果を発揮する。通常のイネはこの除草剤によって枯れるが、イネの培養細胞の中に、これに対する耐性を獲得したものが自然突然変異として見いだされた。この耐性の原因を精査した結果、アセト乳酸合成酵素タンパク質に2カ所のアミノ酸置換が生じたことによってビスピリバックナトリウム塩による酵素活性の阻害が起きなくなったことが判明した。
超迅速形質転換法
農業生物資源研究所が開発したイネの遺伝子導入法であり、イネ種子にアグロバクテリウム細菌を感染させ、遺伝子導入を起こさせることによって、従来のカルス組織に感染させる方法よりも極めて短期間に遺伝子組換えイネを作出することが可能である。
本研究の特色
本研究で用いた選抜マーカー遺伝子はイネが持っている遺伝子から自然突然変異によって生じたものであり、農業生物資源研究所とクミアイ化学工業株式会社の共同研究によって取得されたものである。この遺伝子の発現に用いられたプロモーターはイネゲノム研究の成果を参照して中央農業総合研究センターで取得されたものである。また、イネの「超迅速形質転換法」は農業生物資源研究所によって開発されたものである。従って、本研究の成果は、国内の研究勢力の技術を総合化することによって達成されたものであり、従来の選抜マーカー遺伝子に代替えしうるものであって、しかも安全性にも配慮した新しい選抜技術である。
イネゲノム研究との関連
本研究で用いた「カルス状態で特異的に発現するプロモーター」はイネゲノムプロジェクトの一環として実施されたcDNAのランダムシーケンスの結果を参照して取得されたものである。
使用する遺伝子及び薬剤の安全性
自然突然変異型ALS遺伝子はイネの自然突然変異から見いだされたものであることから、このイネ由来の遺伝子をイネに戻した組換え体は環境並びに人体に対する安全性が極めて高いものと考えられる。また、アセト乳酸合成酵素は、哺乳動物には存在しないことが明らかにされており、ビスピリバックナトリウム塩は人畜にとって極めて安全性の高い薬剤である。
今後の取り組み
今後関係3機関は共同で、開発した選抜マーカー遺伝子と選抜用薬剤を使った選抜技術の普及に努めると共に、突然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子を使い、除草剤耐性と複合病害抵抗性を併せ持つイネの開発にも取り組む。選抜用薬剤であるビスピリバックナトリウム塩はクミアイ化学工業株式会社によって安定的に供給される予定である。
【掲載新聞】
2002/08/26 | 日本工業新聞、化学工業日報、日経産業新聞、日本経済新聞 |
2002/08/28 | 日本農業新聞 |
2002/08/30 | 日本食糧新聞 |
2002/09/02 | 日本農業新聞(ダイジェスト記事) |