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プレスリリース
農研機構
生物研
麻布大学
平成26年6月16日
独立行政法人 農研機構
独立行政法人 農業生物資源研究所
麻布大学

世界初、ガラス化保存未成熟卵子から子ブタを生産

ポイント
  • ガラス化保存1)ブタ未成熟卵子2)の加温温度の最適化により、加温後の卵子の生存率が20%向上し、胚盤胞期3)への発生率が1.6倍に向上します。
  • この手法で、世界初のガラス化保存卵子由来の子ブタを生産しました。
  • 卵子による保存が可能となったことから、ブタ遺伝資源の安定的な保存につながります。

1) 凍結防止剤とともに急速冷却する卵子の超低温保存法(詳細は「用語の解説」参照)

2) 成熟前で受精する能力を持たない卵子(詳細は「用語の解説」参照)

3) 受精卵の発生段階のひとつ(詳細は「用語の解説」参照)

概要
  1. 農研機構 畜産草地研究所・動物衛生研究所と農業生物資源研究所、麻布大学は、ガラス化保存ブタ未成熟卵子の加温温度の最適化(加温時の加温プレートの設定温度を従来の38度から42度に高める)により、加温後の卵子の生存率が従来法に比べて67%から87%に向上することを明らかにしました(表1)。
  2. 42度の設定温度でガラス化保存卵子を加温し、39度の培養器内で体外成熟・受精・培養した場合に、胚盤胞期への発生率が、加温時の設定温度が38度の場合に比べ2.7%から4.4%へ有意に高くなり、移植4)可能な多数の胚を生産することが可能となりました(表1)。
  3. これまでにガラス化保存未成熟卵子からの子ブタ生産は成功していませんでしたが、本手法で得られた胚盤胞期胚の移植により、世界初のガラス化保存卵子由来子ブタを生産しました(図1)。
  4. これらの成果により、精子とともに卵子を細胞レベルで遺伝資源として保存することで生体に比べはるかに効率的で省スペースかつ防疫上のリスクが少ない保存が可能となり、より多くのブタ遺伝資源を保存でき、育種改良の上でも育種素材の選択の幅が広がるなどの大きなメリットをもたらします。

予算:運営費交付金

問い合わせ先など
研究担当者:(独)農研機構 畜産草地研究所 家畜育種繁殖研究領域
主任研究員 ソムファイ タマス
研究担当者:(独)農業生物資源研究所 動物科学研究領域 動物発生分化研究ユニット
上級研究員 菊地 和弘
電話:029-838-7447 Email: kiku@affrc.go.jp
広報担当者:(独)農業生物資源研究所広報室長 谷合 幹代子
 電話:029-838-8469
詳細情報
 研究の社会的背景

生物の遺伝的多様性を維持することは、将来農産物や医薬品、地球環境保護に活用できる素材を確保するために重要であり、家畜についても生体あるいは細胞での遺伝資源の保存が行われています。特に、精子、卵子、胚といった細胞レベルでの保存は、生体に比べはるかに効率的で省スペースで防疫上もリスクの少ないことから、より多くの遺伝資源を保存できます。また育種改良の上でも育種素材の選択の幅が広がるなどの大きなメリットをもたらします。しかし家畜では、精子・卵子及び胚の凍結あるいはガラス化による超低温保存が可能なのはウシのみです。一方、ブタは他の家畜に比べ特に生殖細胞の超低温保存が難しく、これまでは、凍結精子により雄の遺伝資源を保存してきました。最近になって、ブタ胚のガラス化による超低温保存が可能となってきていますが、ブタ卵子は低温傷害を受けやすいため超低温保存による雌の遺伝資源の保存やガラス化保存卵子からの子ブタの生産は成功していませんでした。

 研究の経緯

ガラス化保存した卵子の加温後の生存率や発生能が低く、移植可能胚の生産数が少ないこともガラス化保存卵子由来の子ブタが得られていない原因のひとつと考えられています。未成熟の卵核胞期の卵子をガラス化保存することにより、成熟卵子をガラス化保存するよりも正常胚への発生率が高まることをこれまでに報告しましたが、ガラス化保存した未成熟卵子の加温後の生存率が低いという問題が残されていました(Somfai et al., 2012)。そこで、加温後の卵子の生存性を向上させる加温条件を明らかにすることにより、多数の移植可能胚を作製・移植することが可能となり、世界初の子ブタの生産に成功しました。

 研究の内容・意義
  1. 固体表面ガラス化法5)によりガラス化保存したブタ未成熟卵子を加温プレート上に設置した2.5mLの加温用培養液を用いて加温します。加温プレートの設定温度を従来の38度から42度に高めることにより、培養液の温度を35度以上に保つことができ、従来法に比べて67%から87%にガラス化保存・加温後の卵子の生存率が向上します(表1)。
  2. 42度の設定温度で加温したガラス化保存卵子を、39度の培養器内で体外成熟・受精・培養した場合に、ガラス化保存卵子数に対する胚盤胞期への発生率が、加温時の設定温度が38度の場合に比べ2.7%から4.4%へ有意に高くなり、より多くの移植可能胚を生産することが可能となります(表1)。
  3. この手法で得られた培養5日目(体外受精日を0日)の高品質な胚盤胞期胚を外科的移植することにより、世界で初めてガラス化保存卵子由来の子ブタを生産することに成功しました(表2, 図1)。
 今後の予定・期待
  1. ガラス化保存未成熟卵子からの子ブタ生産が可能であることを証明したことから、ブタ卵子による遺伝子資源保存のための有用な情報となります。
  2. 精子・卵子などの細胞レベルで遺伝子資源を保存することにより、生体に比べはるかに効率的で省スペースかつ防疫上のリスクが少ない保存が可能となり、より多くのブタ遺伝資源を保存できます。これにより、育種改良の上でも育種素材の選択の幅が広がるなど、育種への貢献などの大きなメリットをもたらします。
  3. ブタ未成熟卵子のガラス化保存法は、短時間に多数の卵子(ガラス化時:300個/90分、加温時900個/90分の卵子)を操作可能です。
  4. 胚盤胞期への発生率が低いことから、ガラス化保存法や培養法のさらなる改良が必要です。
 発表論文

Tamas Somfai, Koji Yoshioka, Fuminori Tanihara, Hiroyuki Kaneko, Junko Noguchi, Naomi Kashiwazaki, Takashi Nagai and Kazuhiro Kikuchi.

Generation of live piglets from cryopreserved oocytes for the first time using a defined system for in vitro embryo production.

PLOS ONE (DOI: 10.1371/journal.pone.0097731)

 用語の解説

1) ガラス化保存

高濃度の凍結防御剤(エチレングリコール、プロピレングリコールなど)を含むガラス化液を用いて、室温域から液体窒素温度域(-196度)に急速に冷却することにより、氷晶(氷の結晶)を形成させずに、細胞内外ともにガラス化状態(結晶化せずに液体の粘性が高くなっていき、そのまま固体となること)とする超低温保存法です。使用するときには、加温することにより液体状態に戻します。ここでは、氷晶形成していないガラス化状態から液体に戻すことから融解ではなく加温という表現を使用しています。

2) 未成熟卵子

未成熟卵子は受精能を持たない成熟前の卵子です。未成熟卵子は、体外成熟培養を行うことにより減数分裂を再開し、第1極体を放出し、受精能を持つ成熟卵子(減数分裂第2分裂中期)となります。

3) 胚盤胞

哺乳類の初期発生で、受精後に細胞分裂を繰り返し、将来こどもになる内部細胞塊細胞と胎盤などになる栄養膜細胞に分化した胞状の胚(受精卵)をいいます。

4) 移植(胚移植あるいは受精卵移植)

提供動物から回収した胚(受精卵)や体外受精卵を受胚動物の子宮に移植し、借り腹により胎子を育てて、動物個体を生産する技術です。

5) 固体表面ガラス化法

液体窒素に浮かせたアルミホイル上に卵子を含む2〜3マイクロリットルのガラス化液を滴下し、超急速冷却してガラス化する方法です。


【掲載新聞】  6月17日日本農業新聞、化学工業日報

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