蚕糸昆虫研ニュース No.44(1999.9)

<トピックス>
 
昆虫腸内に定着する氷核活性細菌を利用した越冬害虫の防除

 
 氷核活性細菌は純水を-2〜-4℃で凍結させる能力、すなわち氷核活性能を有する。この細菌は植物に凍霜害を引き起こす原因と考えられ、研究が進められてきたが、近年、氷核活性細菌の越冬害虫防除への利用が注目を浴びつつある。耐寒性の昆虫はその過冷却能を高めるために、越冬する際、体内に糖類や多価アルコール類を蓄積し、腸内の氷核物質を排出するが、氷核活性細菌を噴霧した昆虫はその過冷却点が上昇するため、--5℃程度で凍結死し、また、越冬することができない。このように、氷核活性細菌を用いた越冬害虫防除は冬期間、氷点下に下がる地域では有効であると考えられる。しかしながら、欧米でコロラドハムシ等を材料にして行われた研究では、処理後1週間程度でこの耐寒性の低下がみられなくなる等の問題点も指摘されていた。我々はこの問題点を解決するために昆虫腸内で定着、増殖する氷核活性細菌を探索し、利用することを検討した。

 氷核活性細菌としてはシュードモナス属、エルビニア属、キサントモナス属の細菌が知られているが、このうち、エルビニア属細菌は数種の昆虫から分離されており、氷核活性能を有する菌株も分離されている。我々もクワの重要害虫であるクワノメイガから氷核活性エルビニア・アナナス(INA-Eaと略)を分離している。そこで、この細菌種が昆虫腸内で定着、増殖するか調べたところ、カイコ及びクワノメイガ幼虫腸内で良く増殖することが分かった。
 次に、このINA-Eaを塗布した桑葉をクワノメイガ幼虫に与え、耐寒性の指標の一つである過冷却点を測定したところ、未処理の幼虫と比較して約6.5℃上昇し、耐寒性の著しい低下がみられた(表)。この耐寒性の低下は少なくとも7日間、安定して継続した。一方、従来使われてきた氷核活性シュードモナス・シリンゲ(INA-Psと略)で処理した場合には過冷却点はあまり上昇しなかった(表)。さらに、幼虫を-6℃に18時間低温接触したところ、未処理では約80%の幼虫が生存していたのに対し、INA-Ea処理では約20%の幼虫のみが生存し、残りは凍結死した(表)。これらの結果から、INA-Eaがクワノメイガ幼虫の腸内において定着、増殖し、その耐寒性を低下させたことが明らかになり、氷核活性細菌を昆虫腸内で定着、増殖させ、越冬害虫を防除する方法(ガット・コロナイゼーション法と新称)が確立された。
 ところで、氷核活性細菌においては、氷核活性能に関与する遺伝子(氷核活性遺伝子)も単離されている。この遺伝子は大腸菌においても発現することから、氷核活性能をもたない細菌に遺伝子を導入することにより、氷核活性能を付与することが可能である。そこで、多数の昆虫から分離され、昆虫腸内に定住していることが知られているエンテロバクター・クロアカエにエルビニア・アナナスの氷核活性遺伝子を導入した株(INA-Ecと略)について、同様の実験を行った。INA-Ecで処理したクワノメイガ幼虫の過冷却点は未処理と比較して8℃上昇し、INA-Eaで処理した場合よりも効果的に耐寒性を低下させた(表)。さらに、INA-Ecで処理した幼虫を-5℃で低温接触したところ、2時間後にはすでに60〜90%の幼虫が凍結し、18時間後には全ての幼虫が凍結、死亡した(表)。これらの結果から、氷核活性遺伝子を導入した昆虫定住細菌を用いたガット・コロナイゼーション法により、効果的に越冬害虫を防除することが可能であることが分かった。今後、野外実験等を行い、氷核活性細菌による越冬害虫防除法を確立していきたい。

      (生体情報部 渡部賢司・佐藤守)
 
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