微生物農薬は環境にソフトな農薬として注目されているが,核多角体病ウイルス(略称;NPV)の仲間も微生物農薬としての利用を図るための研究が古くから行われてきており,海外では10種類程度のNPVが農業の現場で実用化されている。しかし,寄主範囲が一般に狭く害虫ごとにNPV種を変えなければならない点や,散布から害虫の駆除までに10日前後かかり,その間にある程度の加害が進行してしまうなどの欠点の他に,大量飼育した昆虫でNPVの生産を行うため大きな労力がいり,日本のような人件費の高い国では高い生産コストに結びついてしまうという致命的な欠点があるために,商品化しても化学農薬に太刀打ちできない。そのため,NPVの生産コストを下げることが極めて重要となっているが,その中の一つの方法として,NPVの感染力を増強する物質(補助剤)を同時施用することによって,殺虫率を高めることや散布するNPV量を削減することによる生産コストの低減がある。今までNPVの感染を促進する物質の探索が行われてきた結果として,NPVと同じ属のウイルスである顆粒病ウイルス封入体をはじめ,少なからぬ化学物質に促進作用があることが判明している。ところが近年,アワヨトウ
の昆虫ポックスウイルス(略称;EPV)の封入体(楕円体および紡錘体。後者は英語ではスピンドルと呼ばれる。)が,やはりアワヨトウに感染するあるNPVの感染力を強力に増強することが判明し,最近,その増強因子がスピンドルを構成するタンパク質であるフゾリンであることが確定的となる研究結果が発表された。この増強の能力は前出の顆粒病ウイルス封入体や種々の化学物質よりはるかに高いため,補助剤としての利用の期待が出てきた。
そこで我々は,アワヨトウEPV封入体で示された作用が他のEPV種の封入体でも見られるのか,また,あるEPV種の封入体がそのEPVが寄主できない昆虫種のNPVの感染を促進できるのかという疑問を解くために,カイコのNPVと,幼虫が苗木や農作物の根を食い荒らすコガネムシの一種であるドウガネブイブイのEPVのスピンドルの組み合わせで実験をしてみた。スピンドルを選んだのは,先にふれたようにEPVは2種類の封入体を形成するが,そのうち楕円体のみにウイルス粒子が含まれており,将来の実用化の際の安全性を考えるとウイルス粒子を含まないスピンドルに注目したほうが良いだろうという考えがあったからである。その結果,2,3,4齢それぞれのカイコにスピンドルをNPVとともに接種した時,最大一万倍程度の強い感染促進作用が認められた。この効率は顆粒病ウイルス封入体や化学物質を凌ぐものであった。一方,1齢幼虫ではわずかな促進作用が認められただけであった。これらの結果から促進作用の発現のためには一頭当たり10の4乗から5乗のオーダー以上のスピンドルの接種が必要であることが判明した。つぎにクワ等の害虫であるクワゴマダラヒトリの幼虫でこの幼虫由来のNPVに対する促進作用の有無を調査したが,やはり強い促進作用を確認した。これらのことから,スピンドル,少なくともドウガネブイブイのスピンドルは相当広範囲なNPV種に対してこの作用を持つことが推察され,これも顆粒病ウイルス封入体にはない応用上の一つの長所と考えられる。我々はすでにドウガネブイブイのEPVのスピンドルを構成するフゾリンをコードする遺伝子をクローニングし,塩基配列を解明しているが,今後は感染補助剤として応用するための第一歩として,フゾリンの効率的生産のためにこの遺伝子を発現ベクターで大量発現させる研究に取り組む予定である。