生物研ニュースNo.47
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【注】「農業生物資源研究所」の略としては、「生物研」を使用します。
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研究トピックス:オオムギとブタのほぼ全てのゲノム配列解読に成功

ムギとブタ、それぞれの品種改良の加速化に期待

オオムギブタ
オオムギ(左)とブタ(右)

 生物研最大の成果の一つに、中心メンバーとして参画した国際研究グループで進められ、平成16年に完了した「イネの全ゲノム配列の解読」があります。生物研は現在も、そこで得られた知識やノウハウを活かし、様々な生物でゲノム研究を展開しています。そんな中で昨年、いずれも生物研が参画した国際研究グループが「オオムギ」と「ブタ」のほぼ全てのゲノム配列の解読に成功しました。両成果は英国の科学誌Natureで公表されるとともに、テレビや新聞でも報道されました。ここではその意義と、今後の展開についてご紹介します。

そもそも「ゲノム」とは何か

 「ゲノム」とは、生物が持っている遺伝子全体を表す言葉です。ゲノムの実態はDNAで、A(アデニン), T(チミン), G(グアニン), C(シトシン)の4種類の塩基が数十億個も連なった構造をしています。ゲノムのところどころに「タンパク質を作るための設計図」である遺伝子が存在し、DNAの塩基の並び順(配列)により「どんなタンパク質を」「いつ、どれくらい」作るかが書き込まれています。全ゲノム配列の解読とは、『どこに遺伝子があるかはわからないが、まずは全ての塩基の配列を決めてしまおう!』という解析方法なのです。今回は、オオムギについては日本、ドイツ、米国など6ヶ国からなる国際研究グループが約51億塩基からなるオオムギゲノムの98%の配列を、ブタについては日本、英国、米国など12ヶ国からなる国際研究グループが約28億塩基からなるブタゲノムの90%の配列を高精度に決定しました。

ゲノム配列がわかると何がわかる?

 では、ゲノムの塩基配列がわかると何がわかるのでしょうか? 実は配列だけわかっても、あまり意味はありません。ゲノム上の「どこに、どんな遺伝子があるか」が重要なのです。そこで、オオムギについては生物研と岡山大学、ブタについては生物研と(社)農林水産・食品産業技術振興協会 農林水産先端技術研究所等が、様々な組織で実際に使われている遺伝子の配列を大規模に調べました。国際研究グループでは、こうして得られた「実際に使われている遺伝子の配列」と「ゲノムの配列」の比較などにより、オオムギについては約2万6千個、ブタについては約2万5千個の遺伝子がゲノム中に存在することを明らかにしました。これにより、両生物種がもつ遺伝子の多くが、ゲノム上の位置も含めて特定されました。

品種改良への利用

 今回の成果により、食料やビールの原料等となるオオムギと、最も重要な食肉家畜であるブタについて、あらゆる性質に関わる遺伝子の構造解析や機能解析が効率的に行えるようになりました。それだけではありません。今回、オオムギは標準品種「Morex」、ブタは食肉生産上重要な品種「デュロック」のゲノム配列を解読しましたが、これらとオオムギ、ブタの他の様々な品種のゲノム配列を比較することにより、各品種が持つ優良な性質(あるいは取り除きたい性質)と関連のある遺伝子を、素早く特定することが可能になりました。今後はゲノム情報の利用により、オオムギ、ブタともに、食品としての品質、病気への抵抗性、収量性(繁殖性)等の向上といった、幅広い面での品種改良が大幅に加速すると期待されます。

オオムギゲノムとブタゲノム、それぞれの展開

 オオムギのゲノム配列は、近縁の主要穀物「コムギ」のものと共通性が高いと考えられます。コムギのゲノムは170億塩基とサイズが非常に大きく解析が大変困難なことから、オオムギの情報がコムギの解析に大いに役立つと期待されます。一方ブタについては、食用としての利用に加え、医療研究用の実験動物としての利用が少しずつ始まっています。ブタゲノム情報が解明されたことにより、目的とする遺伝子の詳細な情報が得やすくなったことから、今後は実験動物としてのブタの開発と利用も進むと考えられます。

ひとこと 枠
              ひとこと    イネゲノムのアノテー
           ション(遺伝子の場所の特定)で培った技術と、
     生物研の在外研究制度を利用した留学中の成果がこのような大きな成果に繋がり、大変嬉しいです。本成果がオオムギのみならず穀類のゲノム研究や育種(品種改良)研究に役立つことを
    期待するとともに、私自身も本成果を利用して今後も
               新たな知見を発見していきたいです。
田中 写真
オオムギゲノムの研究グループ
  留学先のドイツ、ヘルムホルツ・ゼントラム・ミュンヘン研究所の
  K. マイヤーラボにて(最前列中央が筆者の主任研究員 田中 剛)

ひとこと 枠
                   ひとこと    ブタのゲノム配列
       と遺伝子の情報は、食肉生産に重要であると
ともに、 ヒトの健康に役立つ 医療用モデル動物としてのブタ研究の基盤となるものです。今後は、ブタ
   ゲノム情報を有効活用するための研究を行って
              いきたいと思います。
上西 写真
ブタゲノムの研究チームのメンバー
前列右端が筆者の主任研究員 上西 博英

オオムギゲノムの解読について:
[農業生物先端ゲノム研究センター ゲノムインフォマティックスユニット
                                                                                               田中 剛]
ブタゲノムの解読について:
[農業生物先端ゲノム研究センター 家畜ゲノム研究ユニット 上西 博英]

関連記事:
・会議報告 NIASシンポジウム「最新アニマルテクノロジー」

関連リンク:
オオムギのゲノム配列の詳細な解読に成功
  (平成24年10月15日プレスリリース)
ブタのゲノム及び遺伝子配列の解読に成功
  (平成24年11月12日プレスリリース)

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