生物研では、篠田ユニット長らの研究グループと山崎ユニット長らの研究グループが相次いで、昆虫の変態を制御するホルモンに関する成果を発表しました。ここではその成果と、得られた知見を利用した農薬開発の展望についてご紹介します。
チョウやガなどの昆虫の幼虫は、脱皮を繰り返して大きくなり、やがて蛹(さなぎ)、成虫へと変態します。ガの一種であるカイコは、普通は幼虫期に4回の脱皮を行います。しかし、約60年前に見つかった、カイコの「2眠蚕」という変異体では、幼虫期に2〜3回しか脱皮が起こりません。その結果2眠蚕の幼虫は、小さなまゆ(中には小さな蛹が入っています)、そして小さな成虫となります(右の図)。
今回、篠田ユニット長らの研究グループが2眠蚕を詳しく調べたところ、この変異体では、幼虫から蛹への変態を抑える働きを持つ「幼若ホルモン」というホルモンを合成する酵素の遺伝子が壊れていることがわかりました。2眠蚕は幼若ホルモンが作れないために、早く蛹になってしまっていたのです(下の図)。
幼若ホルモンは、チョウやガの仲間だけでなく、ウンカ、バッタ、ハチなど多様な昆虫でも働く重要なホルモンですが、幼若ホルモンを持たない昆虫の変異体が見つかったのは世界で初めてです。今後、2眠蚕の解析を進めることで、幼若ホルモンの働く仕組みがより詳しくわかると期待されます。
一方、山崎ユニット長らの研究グループは、別なアプローチで幼若ホルモンの機能に迫っています。幼若ホルモンは昆虫の頭部にある「アラタ体」という器官で作られ、その後血液中を移動して体の各部に運ばれ、機能を発揮します。研究グループは、血液中で幼若ホルモンと結合し、幼若ホルモンを目的の部位まで運ぶ「輸送タンパク質」に注目し、その立体構造の解明に取り組みました。
輸送タンパク質の「単体の状態」と「幼若ホルモンと結合した状態」の立体構造を明らかにしたところ、幼若ホルモンと結合すると、輸送タンパク質は幼若ホルモンを内部にすっぽりと格納することがわかりました(下の図)。輸送タンパク質はこうすることで、幼若ホルモンを完全に外界から隔離して血液中での分解から保護し、無事に目的の細胞まで送り届けていたのです。
今回の成果は、幼若ホルモンの機能を抑えて害虫を防除する、新しいタイプの農薬開発に応用できます。例えば、ガなどの害虫で、幼若ホルモンの合成酵素の働きを抑え、2眠蚕同様に幼若ホルモンを作れないようにできれば、幼虫を早く蛹に変態させ、食害を減らすことが可能となるでしょう。また、幼若ホルモンと輸送タンパク質の結合を妨げ、その輸送を阻害することでも、幼若ホルモンの機能を抑えられると予想されます。
幼若ホルモンは昆虫特有のホルモンで、ヒトを含めたほ乳類や両生類、魚類などは持っていません。このことから、今回得られた知見は、昆虫以外に作用しない、安全で環境に優しい農薬の開発につながると期待されます。
2眠蚕について:
[昆虫科学研究領域 昆虫成長制御研究ユニット 篠田 徹郎]
輸送タンパク質について:
[農業先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニット 山崎 俊正]
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